第1章
13
迷った末、昼休みに新橋のコーヒーショップで植田と待ち合わせした。
植田は時間通りにやってきたが、議員バッジを外している。バッジなしの植田は、近くに本社のある大手企業の若手サラリーマンにしか見えない。
今日は予算委員会をやっているはずだ。委員会を抜け出してまで森嶋に会うということは、何かをつかんでいるのか。
「インターナショナル・リンクのことですね」
植田は椅子に座るなり言った。
「2段階一挙降格については、知っていますか」
「今朝知りました。ひょっとして出所は森嶋さんですか。日本でのということですが」
「あなたは?」
「私にだってルートはあります。これでも国会議員ですから。今回はある新聞記者です。情報はすでに政府にいっているらしい」
そういって笑みを浮かべた。ある新聞記者とは理沙だろう。
「政府はその記者の言葉を信じたわけですね。ニュースソースを確かめたんですか」
「アメリカ政府高官からの情報ということだったと思います。名前までは分かりませんが」
「その記者は――」
「総理との独占インタビューをやりました。党の有力者とパイプがあるようです。明日の朝刊に載るはずです」
森嶋はかすかな溜息をついた。これがギブ・アンド・テイクということなのか。
「なにかおかしいですか」
植田が不思議そうな顔で森嶋を見ている。植田の彼女は過度の見返りを求めようなんて思ってもいないという言葉を思い出し、思わず笑みが漏れたのだ。
「官邸では直ちに会見の準備を始めています。インターナショナル・リンクが日本と日本国債の2段階降格を発表すれば、ただちに総理が会見を開き、反論を述べます。負の連鎖は極力避けなければなりませんからね」
「総理の会見で避けられますか」
「タイミングと会見内容で影響を最小限に減らそうということでしょう。それはそれで評価できます」
しかし対応を誤れば、日本経済に大きなダメージを与えることは間違いない。これが引き金になって坂道を転がり落ちることにもなりかねない。
「政治家の皆さんは、首都移転の問題にどれだけ真剣に取り組んでいるのですか」
植田は唐突な森嶋の言葉に驚きを隠せないようだった。
「正直、まだ実感がわかないようです。しかし、高脇さんの話が現実のものとなる前に、考えざるを得ないでしょう。一部の国会議員は真剣に議論すべきだと思っています」
植田は森嶋から視線を外し腕時計を見た。
この男はまだ何かを隠している。少なくとも、言ってないことがある。森嶋は大きな身体を丸めるようにしてコーヒーカップを口元に持っていく植田を見ながら思った。
2人は店を出て、途中まで無言で歩いた。そして、霞が関と永田町へ別れた。