「どうすれば、一生食える人材になれるのか?」
ビジネスパーソンの頭を一度はよぎるこのテーマについて、専門家二人が激論を交わした。
一人は、日本のブレーンとして40歳定年制を唱え話題を呼んだ、東大・柳川範之教授。
もう一人はボストンコンサルティンググループを経て、HRベンチャーに参画した『転職の思考法』著者・北野唯我。いま、人材マーケット最注目の論客であり、実務家だ。
「人生100年時代突入。でも自分には深い専門性は何もない……」
「今の会社を出たいけど、生活水準は落としたくない!」
「特別な才能がなくても、自分の名前で生きていきたい」
上記、どれかひとつでも当てはまる方に、示唆ある内容をお届けする(全3回)。
「俺たちはどうしたらいいんだ?」という働く側の声
北野:柳川先生とは以前も、日本人がこれからどう働くべきか、お話ししたことがありましたよね。今日は先生が主張される「40歳定年制」について議論したいんです。
この政策は名前こそ「刺激的」ですが、中身はすごく堅実で「職業人生を20年×3回でサイクルを回しましょう。40歳でその1回目をセットさせてくださいね。だって40歳ならまだ“学び直し”が間に合うからね」という話ですよね。しかし、「理屈はわかるけど、俺たちはいったいどうしたらいいんだ?」という働く側の声もある。だから今日は、「定年が40歳になる前に、僕たちは何をすべきか」という具体論について一緒に考えられればと。
まず、この「40歳定年制」を提唱した背景を教えてもらってもいいでしょうか。
柳川:前提として、「終身雇用」、俗に言われるような長期雇用は、いいか悪いかの問題ではなくて、もう維持できないんです。
北野:つまり「現実的に考えて、変えざるを得ない」と。
柳川:そういうことです。社会的な背景は二つあって、ひとつは技術革新のスピードがすごく速くなり、産業の栄枯盛衰が速くなってきていること。もうひとつは、少子高齢化が進んでいることです。技術革新と、少子高齢化。つまり、一つの会社にずっとい続けることは難しいけれど、働き手は減るから一人ひとりには長く活躍してもらわないといけない。この2つの課題を両方とも解決していくにはどうしたらいいだろうかと考えたときに出たのが、「40歳定年制」なんですよね。
1963年生まれ。東京大学経済学部教授
中学卒業後、父親の海外転勤にともないブラジルへ。ブラジルでは高校に行かずに独学生活を送る。大検を受け慶応義塾大学経済学部通信教育課程へ入学。大学時代はシンガポールで通信教育を受けながら独学生活を続ける。大学を卒業後、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。主な著書に『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞、日本経済新聞社)、『契約と組織の経済学』(東洋経済新報社)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)など。
北野:なるほど。ようするに、先に「40歳」という括りを設けることで、そのタイミングで自分のキャリアを見直すことを前提に、社会をつくっていかなくてはならないと。
柳川:そう、基本の発想は「適材適所」なんです。誰だって、自分の能力にあった場所で、一番能力発揮できる場所で働くのがいいわけですよね。営業や接客が向いてる人が経理をやってても、あまり能力発揮できない。ただ、重要なことは、適材適所はやっぱり時間とともに「変化する」ということ。そうすると「ずっとひとつの場所でいること」を前提とするのは少し厳しいんです。
実質的に、40歳でもう「勝負」はついている
北野:僕が40歳定年制をいいなと思うのは、日本って今、実質的には40歳ぐらいでキャリアの区切りがついていると思うからなんですよね。今、大企業では40歳ぐらいになると、出世するやつはどんどん出世し、そうじゃない人は出世が止まる。あるいは、メガバンクやメーカーなど、今、日本には約500万人の「社内失業者」がいるという推計もあります。ということは、実質的に「40歳ぐらいで勝負はついている」わけですよね。でも、それを「見える化」していないだけだと思うんです。40歳定年制はこれを可視化するわけですよね。
柳川:そうですね。ただし、通常言われているよりは、僕は長期雇用にもメリットがあると思っています。
北野:長期雇用にも「思っている以上に」メリットがある?
柳川:そうです、みんなでチームワークよく、わりと長いこと同じチームで働くっていうのは、日本企業だったり、日本人の特性だと思うので、それはある程度活かしていくべきだと思います。そうは言っても、たとえば新卒から70歳まで働くとなると、50年間あるわけなんで。50年間同じチームで同じ会社で働いて実力発揮できるというのは相当難しいだろうという意識があります。ですので、その期間を10年や20年にもう少し短くして、人が動けるような体制を作っていかなきゃいけない。こういう理屈です。
北野:つまり「長期雇用のメリット」を活かしつつ、変化に対応する。それが40歳定年制の真意だと。
柳川:そうですね、労働者の幸せを追いつつ、経済が活性化する方向を目指すということです。もう一つの大事なポイントは、今でいう「リカレント教育」を40歳できっちり行うという点でした。たとえば、北欧の場合は、解雇は比較的自由なので、そういう意味でのクイックな転身ができるんですね。ただ、それだけだとみんな不安になってしまう。だから、そこを補う「リカレント教育」つまり、「学び直し」が充実してるんです。これをしっかりとやって、安心を得つつ、新しい方向転換を労働者が図っていくようにできれば、安心を損なわないで、経済全体がいい方向に進みますよね。
今あるスキルを「斜め」に展開せよ
北野:では、柳川先生はもしビジネスパーソンから「どうやって40歳定年制の時代に向けて準備すればいいんですか? アドバイスを3つください」と聞かれたら、なんと答えますか?
柳川:3つだと、ひとつは「スキルの斜め展開」ですね。スキルの斜め展開というのは、今自分が持っているスキルを補完してくれるようなスキルを身につける、ということです。たとえば、今(※本インタビュー中)、北野さんは、カメラマンといますよね。インタビュアーとカメラマンは二人でいるんだけど、これがもし北野さん一人でできれば、仕事は広がるじゃないですか。
北野:確かに広がりますね。
柳川:こういう風に、自分の周りでやってる仕事を少しでも、一〇〇パーセントじゃなくてもいいですけど、五割とか六割ぐらい身につけられれば、仕事の幅は広がります。基本インタビュアーで記事を書いてるんだけど、写真もできます。あるいは、カメラマンなんだけど、多少記事も書けますと、こう広がっていきます。まったく離れているスキルではなくて、自分が日頃一緒に仕事をしている人のスキルをできるようにするっていうのが具体的なポイントなんですね。
北野:なるほど。だからスキルの「斜め」展開ってことですか。
柳川:そうです。
北野:僕も『転職の思考法』の中で、まさに似た概念を「ピボット型キャリア」と呼んでいます。強みをいくつか掛け合わせてもっておいて、ひとつの強みが消え去る前に、新しいものをかけ合わせましょうと。前提として、職業って実は「賞味期限」がありますよね。仕事は、生まれては消えてを繰り返している。そして、これまでの時代は就労期間が短かったため、定年まで、1つの軸だけで生きていけた。でも今の時代は違う。だから「軸足」を持ちながらも、少しずつずらしていく「ピボット型キャリア」なるものを掲げています。
自分に「ラベル」をつけて、仕事の判断軸をつくれ
北野:これからの時代生きて行くうえで、重要なことの二つ目はなんですか?
柳川:二つ目は、「スキルの一般化を図る」ということです。たとえば40歳ぐらいまで同じ会社にずっといると、知識はあるんだけれど、その会社でしか通用しないと思うことがありますよね。それは実は半分正しくて、半分正しくないんだと思っています。
北野:半分正しくないとは?
柳川:もうちょっと「普遍的」にできれば、他の会社でも使えるジェネラリスト的なスキルはいっぱいあります。たとえば、「あの人」とか「この人」、あるいは「あの部署」という固有名詞で頭の中に入ってるものを、もう少し一般名詞にして考えたほうがいいんです。そうすることで頭が整理できるし、スキルが一般化できます。
北野:一般化、それは具体的にはどうやってやればいいのでしょうか?
柳川:一般化するのに役に立つのは、学問だと思っています。経済学だとか経営学って、それ自体は無味乾燥に見えますけど、実は多様な経験を積んだ人こそ学んでほしい学問なんです。学問を学べば、ああ、経営学の言ってるこの話って、自分の経験したあのトラブルの話だなとか。自分が悩んでたあの話って、こういうことで整理できるのねとわかってくる。個別具体的な知識がだんだん一般化された情報に落とし込めていくのが学問を学ぶことの意義だと思うので、そういうものを学んでほしい。
北野:固有であるものを「一般化」するための学問。おもしろいですね! 僕はもう少しカジュアルにできるものとして「自分にラベルをつけること」を推奨しています。どんなものでもいいので、自分にラベルをつける。そこから始めようって。どんなニッチな領域でもいい。まず、自分自身が今の自分に「キャッチコピー」をつけるとしたら何か? ダサくてもいいし、質にもこだわらなくていい。たとえばこんな感じです。
例)
・新規開拓の鬼
・既存顧客のニーズ汲み取りエース
・プロジェクトのリスク掃除人
こうやってラベルをつけることで「自分が次にやるべき仕事は何か」の判断軸を持つことができ、実践していけばいくほどラベルがどんどん強固になる。これなら、今日からでもできます。
「バーチャルカンパニー」と「物語の追体験」
北野:三つ目はなんでしょうか。
柳川:三つ目は「バーチャルカンパニーを作る」ことを薦めています。バーチャルですから、本当に会社をつくらなくてもいい。ネット上で架空の会社をつくったことにして、たとえばこの三人とか、四人だったらどんな仕事ができるだろう、この四人だと、どんなスキルが足りないだろうかと話し合う。そうすると、お互い、「この人にはこういう能力があって、あの人にはこういう能力があるよね」「チーム全体だとこんな能力があるよね」と、話をしていくうちにわかってくるわけですね。
北野:バーチャルカンパニー! おもしろい発想ですね。逆に言えば、五年後とかに、本当に独立するとしたら、自分はこのスキルが足りないから、こういうことを身につけておいた方がいいよねのように、足りない部分も明らかになるというイメージですか。
柳川:そうですね。
北野:僕はもっとローコストでできることとして「物語を追体験すること」が重要だと思っています。転職って、ロジックだけでは絶対答えがでないじゃないですか。僕は大企業→外資系コンサル→人材系メディアの編集長という少し変わった経歴なので同世代から転職の相談を受けることが多いんですが、恐れから踏み出せないというケースが多い。でも、それって当然です。だって「やったことない」から。転職はロジックだけではできないんですよね。だから、他者の転職活動をエモーションの部分も含めて追体験することが必要なんだと思って、『転職の思考法』はあえて物語形式にしたんですよ。「嫁ブロック」とか「会社からの引き留め」とか、そういう心の揺れをリアルに描かないと転職の全体像が見えてこないと思っています。
この対談は全3回です。