普通の日本人は地震に遭ってもパニックに陥らず、「天命に従う」というような落ち着いた心を持っている。 こうした心を持てるのは、日本家屋が非常に強く、耐震性が高いからだ。だから、人々は家屋の倒壊よりも津波を心配する。2011年の東日本大震災で亡くなった2万人近くの人たちの多くは家屋の倒壊ではなく、津波によって命を落とした。

 通勤・通学の時間に当たる午前7時58分に大阪府北部を襲ったM6.1の地震は揺れが30秒間続き、大阪府、京都府、奈良県も大きな揺れが起こった。滋賀県をはじめとする各地域でも強い揺れが観測された。

 その影響で、新幹線が緊急停止したが、幸いなことに脱線はしていない。また、JR線や地下鉄はすべて運転を見合わせ、関西国際空港と大阪空港は滑走路を一時閉鎖し、列車と駅に多くの乗客が足止めされた。

 この大地震は、大阪を始めとするいくつかの日本の中心都市にどのような被害をもたらしたのだろうか。 9歳の女児が崩れ落ちてきた学校のプールの壁の下敷きになって死亡。81歳の男性が崩れてきた民家の外壁の下敷きになり死亡し、 別の84歳の男性が、倒れてきた本棚の下敷きになって死亡した。

 日本の警察庁の18日時点での統計によると、計3人が死亡、20人が負傷した(編集部注:6月21日時点で死者5人、負傷者376人超)。 大阪府と兵庫県で火災が2件発生し、大阪府内で約17万戸、兵庫県内で約500戸が停電したほか、水道管の破裂や鉄道の路盤の崩壊が起こり、古い煙突が崩壊し、携帯電話も一時的につながりにくくなった。

日本人救助チームが
四川大地震で感じた無力感

 M6.1の地震は先に述べたような損害を出したにもかかわらず、日本人は「安全だ」と感じている。というのは、都市にも農村にも耐震能力の高いインフラが整備されており、都市建設も耐震性を考慮しているため、M6の地震に十分耐えることができるからだ。

 1995年以前は、日本の建築物の耐震基準はM 7の地震に耐えることだった。 1995年に神戸でM 7以上の地震が起き、一部の旧い家屋が倒壊したことを受けて、日本政府は建築基準法を改正し、建築物の耐震基準をM 8以上に引き上げるとともに、基準に達していない建築物や橋などについては補強工事を行なった。こうした一連の取り組みより、今回の地震で関西地方の被害は拡大することはなかった。

 先日、私は、四川大地震の際に日本の救助チームの一員として現地に派遣された国際協力機構(JICA)の災害救助の専門家と話をする機会を得た。彼らは地震発生後、時を移さずに北川チャン族自治県などの被災地に入り、救助活動にあたった。彼らは被災地での救助活動を振り返って、次のように話してくれた。