後ろめたいことがないならば
むしろ積極活用すべき

 この社内SNSは、社内の暗黙知を顕在化することに大いに役立ったのであるが、それ以上に、合併した会社同士の透明性を格段に高めることに貢献した。被買収会社がイメージできなかった買収会社の方針や、買収会社が理解を示さなかった被買収会社の取り組みが、さまざま事例を含む投稿によって、白日のもとにさらされたのだ。

 担当者だけではない、多様な社員の投稿は説得力があったし、買収会社の主張を被買収会社の社員がサポートしたり、その逆のケースも出てきたりして、相互の理解を高めた。この効果は、情報を制限したり、投稿に制約をかけたりしないで、公開の場で質問や回答をしていくという、透明性を極大化した仕組みだからこそ享受できたものだ。

 導入にあたってはさまざまな反対意見もあった。数千人の社員に対して、管理者が対応できるのかという懸念もあった。管理者は私も含めて2人だったが、当初は20人程度の各拠点のリーダーに試験導入、その後、100人程度のマネジャーに展開、さらには全社展開というように段階を踏むことで、先行実施したメンバーのサポートを得て運用することができた。

 社内に鬱憤が溜まっていることがわかっているにもかかわらず、このような自由な投稿の機会を社員に与えれば、会社に対する不満が殺到するのではないかという意見もあった。しかし、投稿は実名で建設的意見を投稿するというルールを設けただけで、その懸念はクリアできた。

「寝た子を起こすようなことになるのではないか」という意見もあったが、むしろ、多少の軋轢は覚悟の上で、異論や懸念、鬱憤などを解消しなければならないという意見の方が多かったように思う。そして、このような公開の場で議論するという仕組みを導入したこと自体が、買収会社も被買収会社も、お互いに後ろめたいことがないということを示し、情報を秘匿していないということと、情報をコントロールしようとなどしていないということを宣言している効果もあった。
 
 情報を完璧にコントロールし、不都合がないように徹底しようという経営方針は、差し当たって表面上の平安には寄与するかもしれない。しかし長い目で見れば、水面下に不満や鬱屈したものを溜め込むことにつながり、組織を疲弊させるだろう。SNSの「誰でも気軽に使えて、情報が白日のもとにさらされる」性質を逆手に取れば、社内の風通しを良くして業績向上につなげることも可能なのだ。