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原発不明がんを患った東保雄さんに、医師から告げられた余命は1週間。しかし、最後に自宅で過ごした日々は、涙や悲しみだけに支配されたものではなかったという。なぜ死別を間近に感じながら、夫婦は笑い合って過ごすことができたのか。その理由を、妻の東えりかさんが振り返る。※本稿は、東えりか『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』(集英社)の一部を抜粋・編集したものです。
余命1週間と宣告された夫が
帰宅した途端に生気を取り戻していく
「1週間は持たないと思う」と言われた日々が始まったが、初日こそ具合が悪そうでぐったりしていた保雄は、2日目から生気を取り戻した。
まるで別人になったように顔色が良くなり、笑顔を見せ、会話も弾む。訪問看護師(以下、訪看)さんにも、自分がして欲しいこと、して欲しくないことをはっきり意思表示する。
毎朝来てくれる訪看さんとは、バイタルチェック後、輸液や貼り薬を取り替えたり褥瘡の手当てをしてもらったりする合間に、3人でいろいろな話をした。たわいない会話がとても嬉しい。
介護ベッドの上半身部分を少し起こすと、窓から外が見渡せる。「ここはすごくいい景色ですね」と褒められると、保雄も「気持ちいいんですよ」と応える。
ベッドを置いた場所は、風の通り道になっていた。保雄は換気を気にしていたが、それよりも外の空気を吸いたかったのかもしれない。病院の中の乾燥した空気が本当に嫌だったそうだ。







