「どんな時にも人生には意味がある。未来で待っている人や何かがあり、そのために今すべきことが必ずある」ーー。ヴィクトール・E・フランクルは、フロイト、ユング、アドラーに次ぐ「第4の巨頭」と言われる偉人です。ナチスの強制収容所を生き延びた心理学者であり、その時の体験を記した『夜と霧』は、世界的ベストセラーになっています。冒頭の言葉に象徴されるフランクルの教えは、辛い状況に陥り苦悩する人々を今なお救い続けています。多くの人に生きる意味や勇気を与え、「心を強くしてくれる力」がフランクルの教えにはあります。このたび、ダイヤモンド社から『君が生きる意味』を上梓した心理カウンセラーの松山 淳さんが、「逆境の心理学」とも呼ばれるフランクル心理学の真髄について、全12回にわたって解説いたします。


ここで一番大切なことは、
ユニークな人間の可能性の最高の形を見つめ、その証人になることであり、
悲劇をその人にとっての偉大な勝利に変えることであり、
苦境を人間的な偉業に変えていくことである。

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦 [監訳] 上嶋洋一 松岡世利子[訳] 春秋社)

ホモ・パティエンス~人は苦悩に耐えられる存在~

松山 淳(まつやま・じゅん)
企業研修講師/心理カウンセラー 産業能率大学(経営学部/情報マネジメント学部)兼任講師 2002年アースシップ・コンサルティング設立。2003年メルマガ「リーダーへ贈る108通の手紙」が好評を博す。読者数は4000名を越える。これまで、15年にわたりビジネスパーソン等の個別相談を受け、その悩みに答えている。2010年心理学者ユングの性格類型論をベースに開発された国際的性格検査MBTI®の資格取得。2011年東日本大震災を契機に、『夜と霧』の著者として有名な心理学者のV・E・フランクルに傾倒し、「フランクル心理学」への造詣を深める。ユング、フランクル心理学の知見を活動に取り入れる。経営者、中間管理職など、リーダー層を対象にした個別相談、企業研修、講演など幅広く活動。

 私たち現代人はヒト属であり、種を表す学名「ホモ・サピエンス」(Homo Sapiens)に分類されます。ホモ・サピエンスは「分類学の父」と言われた生物学者カール・フォン・リンネによって命名されました。

 ラテン語で「ホモ」は「人間」を、「サピエンス」は「知恵のある」を意味します。ですので、「ホモ・サピエンス」とは、「知恵のある賢い人」という意味になります。

 人間の脳は高度に発達し、その結果、賢く生きるための知恵を有することが可能になりました。これは他の動物にはない優れた人間の特徴であり本質といえます。

 しかし、優れてしまったが故に、苦悩が生まれてきます。あるアメリカの大学生は、フランクルにこんな手紙を書いてきました。

「ぼくは学位をもち、ぜいたくな車を所有し、金銭的にも独立しており、またぼくの力に余るほどのセックスや信望も思いのままです。ぼくにわからないのはただ、すべてのものがどのような意味をもつべきかということだけです」※1

 この学生が抱く人生に意味を感じられない感覚は、連載第2回で解説した「実存的空虚」(existential vacuum)といえるものでしょう。

 人は「満たされない」が故に苦悩しますが、「満たされた」が故にも苦悩するのです。

 学歴はよく、お金もあり、女性に好かれ、人望まである。一体、何が不満なのでしょう。それ以上、何を求めるというのでしょう。

 この学生の言うことを「贅沢な悩み」と一蹴したくなります。ただ、彼にとっては「贅沢な悩みが故に切実な悩み」となるわけです。

 こう考えてくると、人は賢いがために、どのような状況にあっても、何らかの苦しみや悩みを抱えてしまうといえます。これは他の動物には見られない特徴です。

 そこでフランクルは、苦悩こそが人間の本質だと考え、「ホモ・パティエンス」(Homo Patience)という言葉をつくりました。「パティエンス」には、「苦悩に耐える」という意味があります。ホモ・サピエンスが「賢い人」なら、ホモ・パティエンスは「苦悩する人」といえます。

 人間とは苦悩する存在であり、同時に、苦悩に耐える存在です。

 いや、苦悩に意味を見い出し、耐えられる存在です。絶望的な状況といえるナチスの強制収容所で、フランクルはそのことを証明してみせました。

成功に絶望し、失敗に充たされる

 学歴がありお金があり人望もある。そんな絵に描いたような成功した存在になりたいものです。人には欲があります。成功したら満たされ、失敗したら不満足です。

 成功と失敗の判断軸で自身の人生を評価するのが人です。若い頃ならなおさらです。

 しかし、かの大学生の苦悩をどう解釈したらいいのでしょう。成功しても満足してないどころか、虚しいのです。人生には「成功した絶望」があるのです。

 その反対に、「失敗した充足」ともいえる境地があります。フランクルが強制収容所で自身の人生に意味を感じながら生き延びたように…。

 フランクルは、現代人とは成功するためにどうすればよいか、その術を知っている賢い存在だとして、ホモ・サピエンスを下図の「失敗-成功」の水平軸上を動く存在だとみなしました。

 

  これに対して、ホモ・パティエンスは「絶望-意味(充足)」の垂直軸を移動すると考えました。それは、悲劇を勝利に変える考え方です。フランクルはこう言っています。

 「苦悩する人は、苦しむ術を知る人、自分の苦しみからさえも、人間的偉業を創り上げる手立てを知っている人である」※2

 フランクルの教えを知ったアメリカの州立刑務所にいた囚人ナンバー020640「フランク・E」は、フランクルに向けた手紙に、こうしたためました。

 「私は、こんな刑務所の中にいるにもかかわらず、私の存在の本当の意味を見つけました。生きる目的を見つけたのです。だから、ここを出た今度こそ、よりよい生き方をするチャンスや、もっといろんなことをするチャンスはすぐそこにきているように思えるのです」※3

 罪を犯し刑務所に入ることは、決して成功した人生とはいえません。「失敗-成功」の軸でみれば「失敗」の方へふれています。

 しかし、垂直軸を設定すれば、「失敗-絶望」のエリアから「失敗-意味(充足)」のエリアへと移動が可能になるのです。それはまさにホモ・パティエンス(苦悩する人)として、苦境を人間的偉業に変えていく心の強い生き方といえます。

悩むことは、誰かのためになること

 かの囚人のように失敗した事実にも意味を見い出せば、人は心理的に充たされます。

 そのためには、悩みを抱えた時に、悩む自分を否定しないことです。悩むこと自体を意味のあること、価値のあることだと考えるのです。

 フランクル曰く、「苦悩とは人間の業績」なのです。

 そして、もうひとつ大切なことは、現在の悩みが誰かの役に立つのだと信じることです。未来の可能性を否定しないことです。

 もし、今の悩みを解決できたら、それは「知恵」となって、将来的に同じ悩みを抱える人を救う可能性があります。

 また、同じ悩みを抱えないように自身の体験から予防策を提供することもできます。闘病記はまさにそれといえるでしょう。鬱病など「心の病」を体験した人がブログで情報を発信すれば、それを読んだ人が癒されることもあるでしょう。

 つまり、ひとりのある人間の、ある「苦悩」は、何かのため、誰かのために役に立つ意味あるものなのです。そう考え自分を世界へ開いておくと、心の視野が広がり、「なぜ自分がこんな目に」「どうして自分ばかり不幸なんだ」といったネガティブな堂々巡りの思考から解放されます。

 外の世界に向けて自分を開いておくこと(世界開放性)は、フランクルが大切にした考え方です。

 悩む自分がいつか誰かの役に立つ。自分の未来に、そして外の世界に目を向けた、そんな「利他の精神」が、悩み深い時でもあっても、私たちの心を強くしてくれるのです。

◇引用文献
※1『生きがい喪失の悩み』(V・E・フランクル[著]、中村友太郎 [訳] 講談社)
※2-3『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦 [監訳] 上嶋洋一 松岡世利子[訳] 春秋社)