世界でも年々評価が高まっている日本ワインの代表格「グレイスワイン」(正式社名は中央葡萄酒株式会社)。この伝統ワイナリーを率いる父娘が、長年、ワイン造りには向かないと思われていた日本固有のブドウ「甲州」のポテンシャルを信じて、ブドウ栽培・ワイン醸造に打ち込み、世界最高峰のコンクールで日本初の最高賞を獲得するまでの取り組みと、その間に分かち合ってきた苦難と喜び、今後の目標を綴った『日本のワインで奇跡を起こす 山梨のブドウ「甲州」が世界の頂点をつかむまで』が発売されました。その著者のひとりである三澤彩奈さん(中央葡萄酒の取締役栽培醸造責任者)に、ワイン造りや今回の著書に込めた思いを聞きました。

――世界最高峰かつ最大のワインコンクール「デキャンタ・ワールド・ワイン・アワード(DWWA)」の金賞連続受賞おめでとうございます。受賞の報も5回目となりますが、どのように受け止められましたか。

何をするよりもワイン造りが好き! グレイスワインは厳しい評価に耐えられるワイナリーを目指す<br /><中央葡萄酒の栽培醸造責任者・三澤彩奈さんインタビュー>三澤彩奈(みさわ・あやな)
中央葡萄酒株式会社取締役栽培醸造責任者
マレーシアのワインイベントを手伝った際、自社ワインを愛飲してくれていた外国人夫婦に感激し、ワイン造りの道へ。ボルドー大学卒業後は家業に戻り、シーズンオフには南アフリカ・オーストラリア・チリ等へ武者修行に出て新たな知見を吸収、ブドウ栽培や醸造を父・茂計とともに見直してきた。スパークリングワインやロゼワインなど新たな仕込みにも挑戦し、DWWAでは2014年以来、5年連続金賞を受賞するなか、2016年は欧州勢が上位を占めるスパークリング部門でも最高賞を受賞した。(写真:疋田千里)

ありがとうございます。DWWAへの出品数は、数あるワインコンクールの中でも最大規模で、金賞を与えられるのは、その中の2%程度です。そういった意味で、二つの甲州が金賞受賞できたことに、グレイスワインを取り扱う各国のインポーターも喜んでくれています。

 一方で、より厳しい物差しがグレイスワインに当てられると感じています。グレイスワインは、家族経営の零細企業です。ワインの品質のみならず、全体としてその評価と物差しに耐えられるようなワイナリーにならなくてはなりません。醸造家である私自身は、やはり賞よりも、どれだけ納得がいくものを造ることができるかを大切にしています。

――貴社の受賞以外に、今回のDWWA受賞の顔ぶれを見て、お感じになった点はありますか。

 アジアのワインが健闘しています。今まであまり知られていなかったワイン産地の受賞も見られました。DWWAの審査員の多くが、活躍するワインバイヤーやソムリエです。また、DWWAで受賞をすると、自動的にワイン雑誌に掲載され、愛好家に広く認知されることからも、DWWAは登竜門のような存在になっているような気がします。ひとつのワイナリーが有名になっても、産地は成り立ちません。日本ワインが多く受賞していたことも励みになりました。

――そろそろ、またブドウの摘み取り、仕込が始まる季節が巡ってきますが、ブドウの出来はいかがですか。また、今季の仕込においてご自身のテーマなど掲げていらっしゃいますか。

 例年より少し早くブドウの生育が進んでいます。今のところは病気も無く順調ですが、ブドウが熟していくこれからのシーズンが大切です。今年で、ブドウ栽培とワイン醸造の現場を任されるようになって11回目の仕込みになります。毎年思うことではありますが、最高のヴィンテージだったと言える年にしたいです。

――お父上である三澤社長との共著書『日本のワインで奇跡を起こす』が発売されました。お忙しいなかこちらから無理をいって本の出版をお願いしたわけですが、まとめていただく中でこの本で一番伝えたいと思われたのはどのような点ですか。

 このお話を頂いたとき、研究者でもジャーナリストでもない私が本を出版することに正直抵抗がありました。しかもビジネス系の出版社からのお声がけで、単なる技術者の私が何か意味のあることを伝えられるか、とても悩みました。

 しかし、日本のワイン業界を主導してきた父の足跡は、残しておきたいと思ったんです。私の世代は、日本ワインを革新させたニュージェネレーションとして注目されがちですが、 それも先代の努力の上に成り立っているもの。新しいもの、面白いもの、生産性、機能性、合理性があまりにも強調されすぎる昨今において、シューマッハーの「スモール・イズ・ビューテイフル」という言葉をお借りして、地方で生きる現実、ものづくりや農業の縦長の世界を伝えたかったと思います。

 タイトルは、『日本のブドウで奇跡を起こす』ですが、サクセスストーリーでは決してありません。挑戦は、今もずっと続いています

――本書は二部構成で、第1部を三澤社長、第2部を彩奈さんがまとめておられます。三澤社長のパートに書いてある話で新たな発見などはありましたか。

 日本の風景に関して、思っていた以上に、父が誇りに感じていることが垣間見られました。日本は水蒸気が多く、火山岩が多々あり、気候は多変多様で、緑も深い。こういった特徴は、ワイン産地としては必ずしも評価されていません。しかし、それらを日本を象徴するものとしてとらえ、誇りとしています。海外でワイン醸造を学んだ私の景観意識を変えたと思います。

――彩奈さんは本書で「何をするよりも、ワイン造りが好き!」とおっしゃる一方、「クオリティの追求には終わりがない」ともおっしゃいます。ストイックにワイン道を究めていくなかで、ふと行き詰ったり、次なる目標へギアチェンジされたいとき、どんなことでリフレッシュされますか?

 「知らないことを知る」という瞬間は喜びです。
 今年に入り、何度か基礎科学の勉強会に参加させて頂く機会に恵まれました。研究者の方々の純粋な眼差しに触れるとほっとします。

 美術やクラシック音楽も、リフレッシュできます。山梨には良い美術館が多いので、時間があれば足を運びます。山梨は山が多く、山登りもたまにします。

 ただ、山に登っていても、地形や土壌が気になってしまい、気づくと石を拾ってばかり。やっぱりワイン造りが好きみたいです。