世界でも年々評価が高まっている日本ワインの代表格「グレイスワイン」(正式社名は中央葡萄酒株式会社)。この伝統ワイナリーを率いる父娘が、長年、ワイン造りには向かないと思われていた日本固有のブドウ「甲州」のポテンシャルを信じて、ブドウ栽培・ワイン醸造に打ち込み、世界最高峰のコンクールで日本初の最高賞を獲得するまでの取り組みと、その間に分かち合ってきた苦難と喜び、今後の目標を綴った『日本のワインで奇跡を起こす 山梨のブドウ「甲州」が世界の頂点をつかむまで』が発売されました。その著者のひとりである三澤茂計社長に、40年超のワイン人生や後を継ぐ子どもたちへの思い、そして、さらに日本ワインの評価を高めていくうえで、来年にも発効される欧州連合(EU)とのEPA(経済連携協定)の影響と、その対抗策などを聞きました。
――世界最高峰のワインコンクール「デキャンタ・ワイン・ワールド・アワード(DWWA)」で5年連続の金賞受賞、おめでとうございます。今回の受賞について思いをお聞かせください。
回を重ねて金賞をとれてきたことは有難いと思います。2013年が日本で初めての金賞受賞であり、喜びもひとしおでしたが、それがビギナーズラックでなかった証しでしょう。しかし、受賞もさることながら、コンクールに挑戦を続けること自体に意味があると思っています。
また、信頼性の高いDWWAでの受賞は、海外のワイン市場に非常に大きい影響力をもつので、甲州の代表格としてチャレンジャーであるわれわれを認知してもらう意義は大きいわけです。世界5位のワイン消費となるイギリス市場の中でも、われわれの造るワインの価値を認めて長くお付き合いのいただける、愛好家や流通関係、ワインジャーナリストなどにアピールできる絶好の機会であることは確かです。
――今年はほかの日本のワイナリーも金賞を受賞していましたし、上位の顔ぶれを見てどのようにお感じになりましたか。
ほかにも甲州のワインが上位に入賞したのは、非常に喜ばしいです。日本のワインは着実に上位に食い込むようになってきていますが、それ以上にアジア圏では中国勢の勢いがすさまじいというのも実感しています。
――今回、著書『日本のワインで奇跡を起こす 山梨のブドウ「甲州」が世界の頂点をつかむまで』を上梓されるにあたり、大手商社勤務から家業に転じて以降、ブドウ栽培とワイン醸造に打ち込んだ40年超を振り返っていただいたと思います。改めてお感じの点などありましたか。
中央葡萄酒株式会社代表取締役社長
1948年、山梨県甲州市出身。東京工業大学卒。大手商社勤務を経て、82年に中央葡萄酒株式会社入社、89年より現任。83年には国内初となる勝沼町原産地認証ワインの第1号を醸造。2009年に海外展開を目的とした「甲州オブジャパン(KOJ)」の設立に尽力し、「甲州」という品種や産地の認知向上に貢献してきた。2014年に主力銘柄「キュヴェ三澤 明野甲州」で、世界で最も権威があるといわれるワインコンクール「デキャンタ・ワールド・ワイン・アワード(DWWA)」金賞を日本で初めて受賞した。
やはり時を経て記憶は曖昧になりますし、とかく自分に都合よく覚えていたりすることもあるので、記録を残すことの大事さを感じました。今回の著書をまとめるにあたり、堀香織さんが構成に入ってくださったので、通常のインタビューや寄稿文としての執筆とも違い、客観的に振り返るよい機会にもなりました。もちろん、この本は資料集や社史ではありませんから、読んでいただく読者の皆さんに少しでも共感してもらえることが大事と思ってます。日本では家業を営む方は多いので、ワインに限らず家族経営でビジネスに取り組む方に、日本らしいものづくりへの思いに共感していただけたら嬉しいです。
今回、拙著の装幀も手掛けてくださった原研哉さんからは、実はずっと以前から、これまでの私の歩みを本として残すべきだと言われていたのです。ご存じのとおり、原さんには弊社グレイスワインの顔ともいうべきラベルのデザインをしていただいてます。総合的なプロデュースの契約までしているわけではないけれど、ラベルを通じてもっと世界に発信すべきだというお気持ちで、われわれをご覧になってサポートしてくださってきた面があると想像するんです。
外務省が主導して日本の技術や伝統、文化を海外に発信していくプロジェクト「ジャパン・ハウス」の総合プロデューサーも務めていらっしゃいますから、弊社を通してクラフトマンシップの発信も重要ということで、7/18~8/13は銀座松屋7階デザインギャラリーにて「甲州 三澤農場のワイン」企画展もプロデュースされました。この企画展と書籍発売がタイミングを合わせて打ち出せて、嬉しく思っています。
――著書では、第1部がお父上である三澤社長のパートですが、産地として甲州を盛り上げていこうとされつつ、原料農家さんとの関係づくりに腐心されてきた点が印象的でした。
農村には、農作物を作るだけでなく、みなで集まって五穀豊穣を祈るお祭りなども含めて、人が生きる「生産基地」としての価値がありました。自然への畏敬の念が、祭りにも通じているのでしょう。しかし、合理化や簡素化の影響で衰退を余儀なくされている構造的な問題には歯止めがかかりません。疲弊してしまっている。ブドウの栽培も、ワインの愛好家が興味をもって体験型にとどまらず実践型で乗り出すケースが増えてはいますが、構造的な問題を反転させるほどの効果は残念ながらありません。
今後、「景観」という概念を起爆剤として、ワイン用ブドウ畑を増やしていくことができないか、模索は続けています。
特に山梨の「甲州」の場合、食用のブドウとしてのブランドが高かったので、ある意味であぐらをかいていた時期があったのだろうと思います。ワイン用と意識してしっかりと作ろうという動きになるまで時間がかかりました。その間に、岡山の「マスカット・オブ・アレキサンドリア」や長野の「巨峰」など新たな他産地が台頭してきたり、長野のように「コンコード」や「ナイアガラ」といったたくさん量のとれるブドウ栽培を残しながらも高品質の「メルロ」などにシフトして成功するなど工夫する地域もありました。ただし、山梨の場合は山梨大学や果樹場試験場などブドウ栽培の技術支援の基盤があるので、充分頑張れると思っています。