「どんな時にも人生には意味がある。未来で待っている人や何かがあり、そのために今すべきことが必ずある」ーー。ヴィクトール・E・フランクルは、フロイト、ユング、アドラーに次ぐ「第4の巨頭」と言われる偉人です。ナチスの強制収容所を生き延びた心理学者であり、その時の体験を記した『夜と霧』は、世界的ベストセラーになっています。冒頭の言葉に象徴されるフランクルの教えは、辛い状況に陥り苦悩する人々を今なお救い続けています。多くの人に生きる意味や勇気を与え、「心を強くしてくれる力」がフランクルの教えにはあります。このたび、ダイヤモンド社から『君が生きる意味』を上梓した心理カウンセラーの松山 淳さんが、「逆境の心理学」とも呼ばれるフランクル心理学の真髄について、全12回にわたって解説いたします。

真の自己実現は、自己を忘れることで実現される

彼が自分の課題に夢中になればなるほど、彼が自分の相手に献身すればするほど、それだけ彼は人間であり、それだけ彼は彼自身になるのです。したがって、人間はもともと、自己自身を忘れ、自己自身を無視する程度に応じてのみ、自己自身を実現することができるのです
『生きがい喪失の悩み』(V・E・フランクル[著]、中村友太郎 [訳] 講談社)

成功をおさめる不思議な体験「フロー」

 プロスポーツ選手やオリンピック選手など、トップアスリートたちが試合中に特殊な心理状態となり、大きな成功を収めることがあります。この時、心には深い充足感があり、自分の能力を超える力が発揮されます。

「ボールが止まって見えた」
「相手の動きが手にとるように分かった」
「すべてがうまく行くという自信に満ちあふれていた」。

 本人にとって不思議に感じられる至高の体験を、多くのスポーツ選手が経験し証言しています。アスリートが経験する至高の心理はスポーツ心理学で研究対象になっていて、この特殊な心理状態を「フロー」といいます。

「フロー」の提唱者は、心理学者ミハイ・チクセントミハイです。「フロー」という名は、自分の最高状態を経験した人にインタビューした際、「流れている(floating)ような感じだった」「流れ(flow)に運ばれた」と表現したことから付けられました。

 これはスポーツ選手の心理に限定された概念ではありません。「フロー」は、取り組んでいる事への高い集中状態から意識の没入が発生することであり、それは仕事において趣味において一般の人にも起きうる心理現象です。

 チクセントミハイは、「フロー」に入った時の特徴をいくつかあげています。その中のひとつに「自意識の喪失」があります。彼は自著『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社)で、こう書いています。

「フローしている時、人は最善を尽くし、たえず能力を高めねばならないような挑戦を受ける。その時、人はこれが自己にとって何を意味しているのかについて考える機会はない──もし自分自身にあえて自己を意識させようとすれば、その経験は奥深いものとはならないだろう」※1

 冒頭の言葉にある通り、フランクルもまた自分を忘れ、自己への執着から解き放たれることの重要性を強調します。自分の欲求を満たそうと過度にこだわることは自己中心性の高い心理状態であり、「真の自己実現」から遠ざかります。

 はたから見ても「俺が、俺が」「私が、私が」と、自分にこだわる人の姿は美しいものではありません。それでは人が遠ざかるようになり、結果、仕事も人生もうまくいかなくなるケースがあります。

 自分を忘れ心のベクトルが自己を越えた存在に向けられることを、フランクルは「自己超越」(self-transcendence)といいました。