「どんな時にも人生には意味がある。未来で待っている人や何かがあり、そのために今すべきことが必ずある」ーー。ヴィクトール・E・フランクルは、フロイト、ユング、アドラーに次ぐ「第4の巨頭」と言われる偉人です。ナチスの強制収容所を生き延びた心理学者であり、その時の体験を記した『夜と霧』は、世界的ベストセラーになっています。冒頭の言葉に象徴されるフランクルの教えは、辛い状況に陥り苦悩する人々を今なお救い続けています。多くの人に生きる意味や勇気を与え、「心を強くしてくれる力」がフランクルの教えにはあります。このたび、ダイヤモンド社から『君が生きる意味』を上梓した心理カウンセラーの松山 淳さんが、「逆境の心理学」とも呼ばれるフランクル心理学の真髄について、全12回にわたって解説いたします。

自然や芸術、愛を体験することで、人生に意味は満ちてくる

命をささげるような人たちがいるうちは、この世の中もひどくはないのです。
この世の中にそういう人たちがいるうちは、生きる意味があるのです。

『それでも人生にイエスと言う』(V・E・フランクル[著]、山田邦男 松田美佳[訳] 春秋社)

人生に意味が満ちる「体験価値」

 本連載の前回(第4回)は、人生を意味で満たすための「3つの価値」(創造価値、体験価値、態度価値)について簡単に説明し、その内のひとつ「創造価値」を取り上げました。

 本稿では、次の「体験価値」について解説していきます。

「体験価値」とは、人生における様々な体験を通して実現される価値のことです。フランクルはその代表例として3つのカテゴリーをあげています。

 1)自然  2)芸術  3)愛

 つまり、自然を芸術を愛を体験することで、人生に意味が満ちてくるとフランクルは考えたのです。

 例えば、ひとつ目の自然についてですが、美しい自然の光景に心を奪われた経験はないでしょうか。神々しい初日の出や雨上がりの街にかかる虹や夜空に浮かぶ無数の星を見て感動したことはないでしょうか。海外旅行をし、日本では見ることのできない圧倒的なスケールの絶景を眺めて、胸を震わせた人もいるでしょう。

 フランクルは名著『夜と霧』(みすず書房)に、ナチスの強制収容で地獄の日々を送る囚人たちが、自然の美しさに感動するシーンを描いています。

「われわれが労働で死んだように疲れ、スープ匙を手に持ったままバラックの土間にすでに横たわっていた時、一人の仲間が飛び込んできて、極度の疲労や寒さにも拘らず日没の光景を見逃させまいと、急いで外の点呼場まで来るようにと求めるのであった」※1。

 そして、その美しい光景を仲間とともに目にし、「感動の沈黙が数分続いた後に、誰かが他の人に「世界ってどうしてこう綺麗なんだろう」と尋ねる声が聞こえた」※2というのです。

 人は絶望の状況にあっても、ほんの一瞬でも息をのむような自然の美しさにふれることで心が潤います。それは人生に意味が満ちる瞬間です。

 芸術もまた然りです。

 人間が創作する芸術は、人の心をとらえて深い感動を与えます。フランクルはクラシックを例にあげていますが、ロック、ソウル、ジャズなど音楽全般にそれはいえることです。

 例えば、大好きなアーティストのコンサートに出かけたとします。会場に響く音や歌声に身を委ね、時に共に歌い、その場にいる多くの人たちと一体になり深く陶酔していく。日常生活では決して味わうことのない震えるような感動が体全体を支配します。

 その時、誰かがこう尋ねたとします。「あなたの人生に意味はありますか?」と。

 多くの人はきっとこれに似た言葉を返してくれるでしょう。「もちろんです。最高です。今日まで生きていてよかった」と。

 こう考えると、3つのカテゴリーにとらわれることはなく、スポーツでも武道でも、人生に深い感動をもたらす「体験」であれば、それら全てが人生に意味をもたらす「体験価値」になりえるといえます。