その代表が、産業競争力会議で民間委員を務めた竹中平蔵氏(東洋大教授)だ。

 竹中氏は6月30日の『東京新聞』紙上で「時間内に仕事を終えられない生産性の低い人に残業代という補助金を出すのも一般論としておかしい」と主張。その上で、高プロの対象について「拡大していくことを期待している」と述べている。

「残業代=補助金」という考え方も露骨だが、残業代をもらう社員を「生産性が低い」と位置づけている点で、“残業代泥棒”と同様の発想が見える。

いずれは要件緩和される懸念
「なし崩し拡大」の歴史

 一方で労働側は、高プロ適用に高いハードルが課されたにもかかわらず、将来、対象が拡大していくことを懸念し続けている。

 その理由の1つは、具体的な対象業務を省令で決めるという仕組みになっているからだ。

 つまり、政府が国会審議を経ずに対象業務を広げることが可能なのだ。年収要件も、法律上は「平均給与の3倍の額を相当程度上回る水準」とされているが、こちらは法改正で「3倍」を「2倍」にすれば、年収要件は600万円台に下げられる。今の多数与党の体制では与党が強行採決すれば、すぐにも改正できる。

 何よりも大きいのは、「なし崩し的な対象拡大」を繰り返してきた日本の労働制度の歴史だ。

 典型が労働者派遣法だ。

 1985年の創設当時、派遣の対象業務は、通訳など13の業務だけだった。この時も、対象になるのは、企業に対して個人でも高い交渉能力を持ち専門技能を持った働き手に限るとされた。

 だが対象業務は、政令改正を数回繰り返して96年には26業務に拡大。99年には法改正で原則自由化され、さらに2003年改正では、経済界の要望で最後のとりでだった製造業派遣までもが解禁された。

 その後のリーマンショックを契機に起きたのが、大量の「派遣切り」である。日比谷公園に「派遣村」ができて、職を失った元派遣社員たちが年を越したあの日から、まだ10年ほどしかたっていない。

 実際の労働時間に関係なく、労働者側と企業側との間の協定で定めた時間だけ働いたとみなして賃金が支払われる裁量労働制も、対象拡大がなし崩し的に進んできた。

 対象となる「専門業務」は1987年の創設当時は5業務だったが、「大臣告示」によって今では19業務に増えた。

 さらに98年には、業務を限定しない「企画業務型」という新たな仕組みもできた。裁量労働制を大半の社員に違法適用していた野村不動産が使ったのも、企画業務型の方だ。