――結局のところ、誤報が起きる背景にあるのは「人間の弱さ」ではないかと思ったんです。

塩田 なるほど。まさに、『歪んだ波紋』を通して描いているのは「人間の弱さ」ですね。ただ、ぼく自身は、「人間の弱さを描こう」という目的をもって描き始めたわけではありません。「誤報」というテーマを描き出すためには、一編一編、ものすごい数のピースを組み立てる必要がありますから、書いているときには、そのことだけに全神経を集中させていました。そして、5編を書き上げて、俯瞰してみたときに初めて、「ああ、自分は人間の弱さを描いたんだ」と気づいたんです。

「誤報」を描くことは
「人間の弱さ」を描くことだった

――そういうものなんですね……。

塩田 はい。書き終えたいまは、「誤報」を描くことは、「人間の弱さ」を描くこととほぼイコールなんだと思います。なぜなら、「誤報」というものは、「間違えた情報を流した」ことにももちろん問題はありますが、それ以上に、「間違えた後に訂正できなかった」とか「目をつぶってしまった」といったところにこそ問題の本質があるからです。
 
 たとえば、2つ目の短編「共犯者」の登場人物である垣内。大手新聞社に勤めていた彼は優秀な記者で、正義感の強い硬骨漢です。決して卑劣な人間ではない。しかし、上司におもねず記者としてスジを通すうちに、社内で孤立していきました。そして、反骨心も手伝って、独自ネタを追いかけるうちに、ある人物からガセネタを手渡されたことをきっかけに誤報を打ってしまう。しかも、それが誤報であることを認めることができなかった。

 しかし、誤報は誰かを必ず深く傷つけます。垣内のケースでは、ひとりの女性の人生がめちゃくちゃにされたわけです。その罪の意識が、彼を何十年も苦しめ、最終的には自殺という結末を招くのです。

 彼が誤報を認められなかったのは、組織人として追い詰められていたからです。記者としての意地もあった。自分の非を認めたら、記者としての立場を失ってしまう。しかも、彼には追いかけるべき社会問題があり、その使命をまっとうするためにも、あのとき誤報を認めるわけにはいかないと考えてしまった。しかし、これこそが「人間の弱さ」なんですよね。