今でこそ科学的捜査の発達でさまざまな証拠の組み立てが可能になったが、以前は供述頼みという時代で、自供は「証拠の王」とされていた。そのため、無理に自供を迫るなど冤罪を生む原因にもなった。今でも自供は重視されるが、物的証拠を補完する位置付けでしかない。

 平たく言えば、裁判所の判事に「殺意を否認しているけど、さすがに死ぬって分かっていた」と認識させる必要がある。罪を軽くしようとしたり、言い逃れのために否認したりするケースも多いので、頻繁にあるわけではないが、殺人罪で起訴された被告が判決で「殺意の立証が不十分」として裁判所が殺人罪の認定を避け、傷害致死罪にとどめることは稀(まれ)にあるのだ。

捜査1課ではなく交通捜査課

 今回の事件は報道各社が伝えた起訴内容によれば、大阪府堺市南区の警備員、中村精寛被告(40)は7月2日午後7時半ごろ、堺市南区の府道で、大学4年の男性=当時(22)=のバイクに追い抜かれたことに立腹。衝突すれば死亡させると認識しながらバイクに追突し、頭蓋骨骨折と脳挫傷で男性を死亡させたというものだ。逮捕時は「殺害しようと思ったわけではない」と容疑を否認していたが、大阪地検堺支部は起訴内容について認否を明らかにしていないとされる。

 事故を巡っては、中村被告はバイクに追い抜かれた直後に急加速し、約1キロにわたりクラクションを鳴らしたり、パッシングしたりするあおり運転を継続。追突した後は「はい、終わり」と、満足したような音声がドライブレコーダーに残っていた。追突時の速度は時速100キロ前後で、基準値以下ながら呼気からアルコールが検出されたという。

 今回、事件のポイントは2つある。

 1つは、大阪府警交通捜査課が7月2日、中村被告を自動車運転処罰法違反(過失傷害)容疑で現行犯逮捕したものの、翌3日に容疑を殺人と道路交通法違反(ひき逃げ)に切り替えて再逮捕に踏み切ったことだ。

 殺人罪と言えば、一般の方々は捜査1課をイメージするだろう。前述の通り、殺人罪で容疑者が否認している場合、明確な殺意の立証が必要だ。だから、捜査1課は否認する場合に備え、容疑者を特定してもすぐ逮捕することはなく、証拠を隠滅されないよう、また気付かれないように24時間態勢で行動を確認。証拠がそろった段階で逮捕状を請求・執行するのが常道だ。

 しかし今回、捜査したのは交通捜査課で、事故の翌日に殺人罪を適用したというのが、警察担当記者らを驚かせた。