王貞治氏は、「努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない」という名言を残しました。

 イチロー選手は「夢を掴むことというのは一気にはできません。小さなことを積み重ねることでいつの日か信じられないような力を出せるようになっていきます」と言っています。

 どちらも確かに心に染み入る言葉ですが、凡人には厳しい言葉とも言えるのではないでしょうか。

 努力によって夢を叶えることに成功した者は、ほんの一握りです。残りの大部分は、才能の欠如か、努力不足か、その両方からくる運の悪さか、いずれにせよ、夢を諦めることになります。

 終戦の日に高校野球を観戦しながら、「夢の上手な諦め方、正しい諦め方というのはないものなのだろうか」と思いました。

夢は叶わなくても、
見続けることができるもの

 まず「夢と目標を分けるべきだ」と思いました。夢を見ることは基本的に楽しいものです。皆が自由に見ていいものです。

 私たちは、「夢を叶える」ということに力点を置いて考えがちです。だから「叶わなかったら、それは夢じゃない」とまで思いがちです。

 しかし夢というものは、必死に追いかけているよりも、ふわっと思っているだけ、せいぜいその周辺を浮遊しているだけのほうが、実は幸せになれるものではないでしょうか。

 高校の時に、私には3つの憧れの職業がありました。医者と軍人とパイロットです。この3つを同時に叶えることができるのは、「航空自衛隊のフライングドクターだ」などと、夢見ていました。

 しかし、これらの夢は一瞬にして、同時に潰えてしまいました。なぜなら私は色覚障害者だからです。大学受験の時に色弱では、この3つの職業いずれにも就けないということを知ったのです。現在は少し状況が変わったようですが、少なくとも当時は医者にも(医学部には入れたものの、医師国家試験は受けられないと言われました)、防衛大学校にも航空大学校にも入学できませんでした。