関東大震災
1923年9月1日に発生した関東大震災。当時、その発生と発生場所を予知していた人物が東京帝国大学地震学教室にいました(写真はイメージです) Photo:PIXTA

視野を広げるきっかけとなる書籍をビジネスパーソン向けに厳選し、ダイジェストにして配信する「SERENDIP(セレンディップ)」。この連載では、経営層・管理層の新たな発想のきっかけになる書籍を、SERENDIP編集部のシニア・エディターである浅羽登志也氏がベンチャー起業やその後の経営者としての経験などからレビューします。

地震計すらなかった100年前に
予知の実現に努めた人物を知っているか

 今年の6月17日のことだ。その日、私は所用で群馬県高崎市にいた。

 立ち寄った喫茶店でメールを読んでいると、突然テーブルがガタガタと小刻みに揺れ始めた。やや大きめの縦揺れの地震だった。

 すると、しばらくして店内に、あの独特なアラーム音が響きわたった。私を含む多くの客のスマホが遅れて緊急地震速報を受信し、一斉に音を鳴らしたのだ。
 
 揺れが収まってからネットで調べると、その地震は群馬県渋川市の地下10キロメートルを震源とするものだとわかった。

 渋川市は高崎市から15キロメートルしか離れていない。震源からの距離が近いと、緊急地震速報の原理上、実際の揺れに間に合わないケースがあるらしい。

 この時は渋川市で震度5弱だったものの、高崎市は震度3で済んだ。被害もコーヒーが少しこぼれる程度だった。

 だが、もしこれが建物を倒壊させるほどの大地震だったら、と思うとゾッとする。

 緊急地震速報が鳴らなければ、テーブルの下に入る時間もないかもしれない。崩れ落ちる建物の下じきになっていた可能性もある。

 冒頭に書いた日付にピンときた読者がいるかもしれないが、この翌日、最大震度6弱の大阪府北部地震が発生している。大阪府内で死者4人、2府5県で434人の負傷者が出た。この時も、震源が近すぎて緊急地震速報が揺れよりも後に鳴った人が多かったという。

 しかし、たとえ遅れなかったとしても、緊急地震速報が鳴るのは現状では数秒から数十秒前だ。できる対策は限られている。もう少し対策に余裕が持てるタイミングで地震の発生を予知することは、今後も不可能なのだろうか。

 本書『地震学をつくった男・大森房吉』は、「地震の生き神さん」とまで呼ばれた地震学者・大森房吉博士(1868-1923)の評伝。著者の上山明博氏は、文学と科学の融合をめざし、徹底した文献収集と関係者への取材に基づく執筆活動を展開するノンフィクション作家・小説家だ。

 東京帝国大学(現在の東京大学)地震学教室の主任教授を務めた大森博士は、今から100年ほど前に日本の地震学の基礎を築き、地震予知の実現にも尽力した人物。その功績は世界でも認められており、本書によると1916年度のノーベル物理学賞にもノミネートされている。

 大森博士が地震の研究を始めた頃には、まだ正確な地震計すら存在していなかった。博士の研究手法はどのようなものだっただろうか。