櫻井氏は論戦の最前線に立っているが「後ろにいる参謀役は西岡氏」と植村氏側は見ているようだ。札幌での訴訟は櫻井氏と同氏が寄稿した新潮社、ワック社、ダイヤモンド社を訴え、東京地裁では西岡氏と文藝春秋社を訴えた。

 9月5日、東京地裁民事103号法廷で行われた西岡氏に対する被告人本人尋問で、植村氏の代理人、穂積剛弁護士が西岡氏に問いただした。

「あなたは週刊文春2014年3月13日号で、(元慰安婦の金学順さんは)『強制連行されたのではなく、親に身売りされて慰安婦になった』と言っている。貧困のためにキーセンに身売りし、義父に慰安所に連れて行かれたことがポイントになっているが、身売りは14歳の時、慰安所はその3年後。義父に連れていかれた時が大事なポイントではないですか」

 これに対し、西岡氏は「両方とも大事です」と答えた。

 そこで穂積弁護士は、西岡氏が証拠として提出している月刊誌「宝石」(1992年10月号、光文社・すでに休刊)の記事を示し、こう尋ねた。

「ここに『私たちは日本の兵隊に取り囲まれ、将校と養父の間で喧嘩が始まり「おかしいな」と思っていると養父は将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかに連れ去られてしまったのです』として、その後私は慰安所に連れていかれ日本兵の相手をさせられた』という証言が書かれています。義父が売り飛ばしたのではなく日本軍が奪ったのではないですか」

 これに対し西岡氏は「そう書いてあるが、本当かどうか裏付けを取らないとわからない。私はその可能性はかなり小さいと思う」と答えた。

 穂積弁護士が「日本軍が武力で奪ったことことが本質だと思うが、全くあり得ない解釈でしょうか」と、重ねて問うと、西岡氏は「あり得ない解釈とはいえない。当時はそう考えるのが多数派だった」と答えた。

 この証人尋問で、西岡氏は、「軍による強制連行」は多数派の認識だった、と証言したのだ。

 櫻井氏も西岡氏も「養父に慰安婦にされた」ことを、「人身売買であって、強制連行ではない」ことの証拠にしている。しかし両氏がその証拠として提出した雑誌には、養父は駅で日本の将校に脅されて連れさられ、自分たちは日本兵に慰安所に連れて行かれた、と書かれていた。

 西岡氏が証拠とした韓国紙ハンギョレ新聞にも、金学順さんの言葉として「私を連れて行った義父も当時、日本軍人にカネももらえず武力で私をそのまま奪われたようでした」と報じている。

 いずれも「強制連行」を示す記述には触れず、自分の主張に都合のいい箇所だけを摘み食いして、「人身売買」というストーリーを仕立てあげたとも見える展開である。