改めて浮上した課題は
ケースワーカーの育成

 えみると同期の新人ケースワーカーたちは、全10話を通じてそれぞれの成長を遂げてゆく。共感し、もどかしさを感じながら、自分自身の変化と成長を感じていた視聴者は少なくないと思われる。

 しかし、現実はドラマではない。どれほど頼りない新人ケースワーカーでも、生活保護で暮らす人々にとっては、自分の生存のすべてを握る権力者だ。成長のための練習の素材にされては、たまったものではない。民間の立場で貧困問題に取り組んできた大西連氏(NPO法人もやい理事長)は、未熟なケースワーカーに問題ある対応をされたとしても泣き寝入りせざるを得ない当事者の立場を指摘する。柏木さんも、この点を懸念する。

「『ケースワーカーの成長のために利用者がいるのではない』といった声が、ネット上で数多く見られ、注視すべきだと感じました」(柏木さん)

 人間相手の職業の訓練は、人間を相手に行うしかない。しかし、たとえば「技術力が低い美容師のカットモデルを1回務めて、向上に貢献する」という場面と「生活保護受給者として、知識も経験もない新人ケースワーカーに担当される」という場面を比較すれば、後者の危険性は明らかだろう。

「ドラマ『ケンカツ』と同様、実際の生活保護の現場にも、いきなりその部署に配属された、素人同然の新人ケースワーカーが数多く存在しています」(柏木さん)

 えみるのように、新規採用での最初の職場が生活保護の現場であったり、土木など他部門にいた技術職の職員が、生活保護の現場に異動したりすることは、日常茶飯事だ。とはいえ、それを「悪」と切り捨てることはできないだろう。新鮮な視点や他部門の経験が生活保護の現場に新風をもたらす場合も、本人と組織の大きな成長の機会になる場合もある。しかし、その人々に「自分のケースワーカー」として接する利用者から見て、どうなのだろうか。

「彼ら彼女らは、仕事を通して成長するしかありません。『生存権を保障する重要な仕事がそれでいいのか』『せめて、必要な知識と技術、しっかりした人権感覚くらいは身に着けてから職務に当たるべきではないか』という声が上がるのは当然です。この点も、今後考えていく必要がある課題だと思いました」(柏木さん)