ドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』の放送が始まった。このドラマが炙り出す現状と、描き切れていないリアルとは何か(写真はイメージです)

生活保護の「今」を凝縮した冒頭8分
ドラマ『ケンカツ』で思ったこと

 本記事公開の3日前にあたる2018年7月17日、フジテレビ系のドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』(通称『ケンカツ』)が放送開始された。ドラマの原作は、柏木ハルコ氏が『ビッグコミック・スピリッツ』で連載中の同タイトルの漫画作品である。舞台は大都市圏の「東区」の生活課、いわゆる福祉事務所だ。

 主人公は、大学を卒業して入庁したばかりの新人ケースワーカー・義経えみる(出演は吉岡里帆)。映画監督になりたいという夢が挫折し、公務員になった。えみるは入庁式の最中、自分の人生を「結局、求めたものは安定。22歳で、人生エンディングマーク」と回想しながらボンヤリとしており、辞令交付のために自分の名前が呼ばれていることに気づかない。

 えみるは、生活保護について何も知らない。配属先が生活保護の部署と聞いて「大変なんですか?」と同期たちに尋ねるほどだ。同じ生活課に配属された5名の同期たちのうち3名は、生活保護で暮らす人々について口々に「働けるのに働かずにお金をもらっている人たち」「不正受給もあるし」「タチ悪い」と語る。しかし1名は「そんな人ばかりじゃないよ」と釘を刺す。

 新人5名が生活課に到着すると、係長の京極(田中圭)がまず、「国民の血税」が原資である保護費を扱う責任の重大さを強調する。また、必要だという人全員に保護費を出していたらお金がいくらあっても足りないこと、「本当に困っている人」のための生活保護であること、働けるなら働くことを求めることや、扶養義務者に扶養を求めることの重要さを語る。

 続いて、えみるの指導係となる先輩ケースワーカー・半田(井浦新)が新人たちを席へと案内しながら、生活保護制度は憲法25条に定められた「健康で文化的な最低限度の生活」を前提としていること、すなわち、生活保護は「国民にとっての最後の砦」であることを、肩肘張らない調子で語る。