「米国の橋は落ちても日本の橋は落ちない。今まで落ちなかったからこれからも落ちない」と、ベテラン政治家に言われたことがある。もちろん、科学的な根拠はない。今まで日本の橋が落ちなかったのは、落ちるほど老朽化した橋がなかったためであり、今後、老朽化した橋が大量に出てくると危険は格段に高まる。

 去る5月2日、首都高速道路1号羽田線の橋脚部分が公開された。50年を経過した橋脚には無数のひび割れが発見され、インフラの弱さと怖さが明らかになった。実際、老朽化を主因として、使用停止もしくは使用制限が付されている橋は、一定規模以上の橋だけでも全国ですでに1300を超えている。

 このまま何もしなければ、道路には穴が開き、水道管は破裂し、学校や庁舎は倒壊するという「物理的な崩壊」が日本列島を襲うだろう。老朽化は今そこにある危機なのだ。

「物理的な崩壊」か「財政的な崩壊」か
「崩壊のジレンマ」に直面

 では、作り替えれば良いではないか。「日本の橋も落ちる」ことを理解した先の政治家は、国債発行で資金を調達し、一斉に更新すればよいと口にした。だが、ことはそれほど単純ではない。

 我が国の公共投資は、60年代の東京五輪期から70年代の高度成長期、80年代のバブル経済期、そして90年代のバブル後の不況時の景気対策期を通じて、ほぼ一貫して増加してきた。旺盛な公共投資は経済成長を支えた一方、膨大な社会資本ストックを積みあげた。わずか数十年で焦土から世界有数の経済大国になった日本の経済成長は人類史上最速だが、更新を待つ老朽化インフラの増加もまた人類史上最速なのだ。

 筆者は、2010年の内閣府PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)推進委員会で、更新投資は今後50年間にわたり毎年8.1兆円と発表した。新しいインフラを一切整備しなくても、現在のストックを更新するだけでこれだけの金額が必要なのだ。当然、税収の範囲内で解決できるものではなく国債と地方債の増発は不可避だ。