また、深刻な虐待が行われている家庭の親は、虐待の実態が把握されて介入されることを恐れている。虐待されている子どもを閉じ込めて外出させない事例、ケースワーカーによる家庭訪問や助言・指導を怖れて貧困でも生活保護を利用しない事例、児童相談所に介入されそうになると転居する事例は、決して珍しいものではない。

 困窮すると、親は物資や現金を求めて民間団体を訪れるが、訪問や介入は受け入れない。虐待を知られるリスクがあるからだ。親を罰する意図を持っているわけではない機関や団体でも、信頼関係どころか人間関係を持続させるのは困難な現実がある。まして、警察に接近される可能性があるとなれば、深刻な虐待が子どもごと不可視化されることになりかねない。

「公務員ワーキングプア」
のままでは子どもを守れない

 仙田氏が指摘する解決すべき課題のうち、私にとって最も根本的かつ重要だと感じられるのは、児童福祉に関わるスタッフの専門性および人数の担保だ。人数については、国も増員する予定としている。

 しかし、育成システムや研修システムが確立され、専門性の担保が可能になったとしても、待遇の問題がある。公開されている求人を見ると、児童福祉司と同等の資格が求められる市町村相談担当職員の事例で、資格や業務経験に関する厳しい条件を設けているのに非正規雇用で月給15万円程度、時給計算すると「地域の最低賃金プラス250円」であったりする。

 この状態で「子どもの虐待対策の必要性と重要性を国が認めている」とは言えないだろう。必要なのは、人生設計とキャリア形成が成り立ち、成長しながら長く仕事を続けられる待遇だ。言い換えれば、公的な人件費の裏付けである。端的に言えば、往年のドラマ『家なき子』の決めセリフ「同情するならカネをくれ!」だ。

 何があれば、子どもたちの声が充分に聴かれ、悲劇が避けられ、家庭や社会に好ましい連鎖が始まるのだろうか。不足しているものは数多い。とりわけ、児童福祉に関わる人々が質量ともに不足していることは間違いない。現状を打開するのなら、人件費の増強と待遇の向上を避けて通ることはできないだろう。