「昨年はオフィシャルスポンサーの中から、4社が撤退されています。価値観の相違なのか、会社の都合なのかは分かりませんが、一方で14社の新しいオフィシャルスポンサーが入って来られました。私どもの価値観の中で共有していただける方を最大限にリスペクトしながら、今まで来ていただいた方には感謝の念を込める、とまでしか言えません。地方の小クラブにとって、スポーツビジネスを展開していくことは非常に難しい。スポンサーの離脱問題を含めて、この逆境を乗り越えていくことしか考えていません」

 ホームタウンとする佐賀県鳥栖市の人口は約7万3000人。J3までを含めて54を数える、Jクラブのホームタウンの中で最も少ない。マーケティングも限られる中で人口減が進み、なおかつ親会社を持たない地方の市民クラブが背負う重い十字架をサガンは力強くはね返してきた。

 その原動力は兵庫県出身で、大阪・北陽高校サッカー部で全国制覇を経験している竹原社長のタフさとなる。24歳で佐賀県に移り住み、36歳になる1996年に株式会社ナチュラルライフを設立。今では九州だけでなく北陸、関西、関東で「らいふ薬局」を展開している。

 サガン・ドリームスの非常勤役員に就任した2010年に縁が生まれ、翌年5月に代表取締役社長に就任。その間のクラブの営業収益の推移を見ると、竹原社長が就任した初年度の6億8900万円から、最新となる昨年度には33億5096万円と実に5倍近い急成長を遂げている。

「私がワンマンだと言う人もいますが、社員に聞いてください。上がってきた施策は、すべてOKします。ただ、GOしてダメならやめますし、もっとこうした方がいいんじゃないか、という議論もします」

 当面の目標としてきた営業収益30億円突破を、トライ&エラーを繰り返しながら「選択と集中」を繰り返してきた結果だと竹原社長は振り返る。おそらく実業家として、相当な数の困難を乗り越えてきた。生き様が反映されている熱い言葉は、地声ゆえに説得力を増幅させ、詰めかけた200人を瞬く間に巻き込んだ。

 公にできることはすべて開示し、尽きるまで質問を受けた結果として、ミーティングは予定していた1時間を50分もオーバーして終えた。前回のような怒号は皆無。割れんばかりの拍手とともに生み出された一致団結した雰囲気に、窮地であえてサポーターと対面する場を設けた決断を含めて、サガン流、そして竹原流の危機管理術を感じずにはいられなかった。

「最後まで分からない戦いになります。今年はアウェイで1勝しかしていません。アウェイで起こす奇跡を見ていてください。アウェイに来られない方は待っていてください」