ペンス副大統領の地元、インディアナ州にはかなりの日本企業が進出しており、日本が米国内の雇用に貢献していることが分かっているとの読みがあったが、この経済対話のチャネルが機能しなかったことも、誤算だった。ロス長官と商務省幹部の間の意思疎通も含め、商務省自体が機能しない状況が続いたからだ。

「日本はいくつかの提案を出してはきたが反応が鈍く、進捗状況を担当者に問い合わせても、まだ中の議論が進んでいない、長官に説明する時間がとれていないといった返答がしょっちゅうだった」(関係者)

 商務省やUSTRでは、議会での承認が遅れて局長クラスでも空席ポストがあることも一因だが、さらに大きな問題は、通商政策も大統領の意向次第でロス長官らも動きようがなくなっていることだ。

 こうした状況で、日本側が期待し、模索し続けてきたのが、安倍・トランプの「親密な関係」の下で、トランプ大統領が対日強硬措置に向かうのを抑えるという戦略だ。

 鉄鋼・アルミへの追加関税が3月に打ち出された際も、「日米は安保のパートナーだし、総理とトランプ大統領の関係があったから、日本は適用外になると期待した」(経産省幹部)という。だが、トランプ大統領は首を縦には振らなかった。

 逆に北朝鮮問題など、安全保障で米国に依存する日本が米国に歩調をあわせる場面はあっても、トランプ大統領が日本に配慮することはなかった。むしろ、安全保障との「取引(ディール)」で、貿易面で日本に譲歩を迫る姿勢は一貫していた。

 

しかし最大の誤算は、こうした「自国第一」の保護主義的な政策に対する米国内の支持が根強いことだろう。

 背景には、90年代後半以降、国際競争力のある金融やIT産業などを前面に、自由貿易・市場主義路線を進めたことに対する「懐疑」が国内に強まっていることがある。グローバル化の果実を得た一部の企業や富裕層に富が偏る一方で、多くの人はその恩恵を得られないまま。むしろ輸入品の流入などで、日米摩擦の時代とははるかに違う規模で多くの人が失業や所得低下の憂き目にあった。

 トランプ大統領誕生の決め手になったのも、グローバル化が加速したことで職場や雇用が減り、日米摩擦時代の「ラストベルト(錆びついた地域)」から、「フローズンベルト(凍り付いた地域」へと、地域経済が一段と疲弊した中西部の白人労働者たちの支持だった。

 こうしたグローバリゼーションに対する「懐疑」は米国だけでなく、欧州などにも広がるとともに、自由貿易を標榜してきたWTOも多くの加盟国が納得する形での貿易や投資のルール作りができなくなり、存在感が低下した。こうした「脱グローバリズム」のうねり中では、日本の対トランプ戦略にもともと限界は見えていた。

 中間選挙でもトランプ政策に支持が根強いことが示され、トランプ大統領の意識もすでに2020年の「再選」に向いている。最強国の「保護主義」にどう折り合い、どう距離を置きながら、いかに国益を確保していくのか、手探りの状況は続く。