野尻さんの兄が亡くなったのは、超就職氷河期真っ只中。兄は大学を出てから町工場やコンビニなどで働こうとしたものの、すごい理想家でもあり、文学や音楽の世界に没頭できる人だった。

「今だから言えることですが、弟だから理解できたところが少しあるし、人として引きこもることは間違ったこととは思わない。兄は生きるのが嫌だったわけではなく、何か大きな覚悟を持って、死を決めたとしか思わなかったんです」 

 当時、野尻さんの母は、進路について「兄の希望通りに行かせてあげればよかった」と悔やみ、父は「兄が頭でっかちだった」と言うなど、それぞれ視点が違っていた。

 野尻さんは、「家族はそれぞれ、自分がそういう見方をしていたから彼を追い詰めたのではないかと、自分を責めているところもあるんですね。だから、家族同士でそういうことを話せなかった」と振り返る。

「僕は、フリーランスだったし、仕事がないときはなかったので、兄が引きこもっているとか働きたがっていたことを、そこまで特別には思えなかった。ただ、やはり情けないなと思えちゃうところもあったので、つらかった」

「引きこもり」と聞くだけで
社会不適合のレッテルを貼られる

(C)松竹ブロードキャスティング

 映画では、うつを疑った父親が、長男を車で精神科医のところに連れて行こうとするシーンが出てくる。その途中、車から飛び降りた長男は、こう叫ぶ。

「俺は、病気なんかじゃない」「おかしくなんか、なっていない」

 後に、父親は振り返る。

「あいつ、生きてたんだな」