東海・東南海・南海地震が連動して起こり、そのとき東京も被害を受けたら。もし首都機能が喪失すれば、日本は完全に麻痺する。それは瞬時に世界に広まり、世界経済は大きなダメージを受けるだろう。リーマンショックやギリシャ危機などの比ではないかもしれない。それだけは、断固避けなければならない。そのためには──。
そのとき、ふと総理の頭に一つの考えが浮かんだ。
「ひょっとして――」
総理は再び考え込んだ。秘書が不思議そうな顔で見ている。
「これは最大のチャンスかも知れない」
低い声でつぶやいた。
後世に名を残す、そんなことは考えたこともなかった。
自分の能力を考えれば、総理になれたのも出来すぎで、人生は大成功だったといえる。思ってもみなかった、まさにタナボタ式大成功だ。そう信じ、満足している。
しかし、人とはおかしなものだ。一度この地位につくと、1分1秒でも長くこの地位に留まりたいと願うようになった。ここでもし、アメリカの要求に応えることが出来れば。わが国が一つの大きな節目を付けることになれば。自分の名は世紀の大役を果たした宰相として、この国が続く限り残ることになる。
平城遷都の元明天皇、平安遷都の桓武天皇、鎌倉幕府の源頼朝、江戸幕府の徳川家康、そして、この能田雄介だ。歴史に名を連ね、教科書にも載ることになるのだ。
総理は突然立ち上がり執務室に戻った。官房長官と秘書たちがあわてて付いてくる。
急いで引き出しから全ての書類を出して、デスクの上に並べた。
最初の1ページに目を通しただけで、あとは秘書の説明を受けただけだ。彼にしても、ざっと目を通しただけだろう。いやそれさえも怪しい。筆者本人とも何度か会っているが印象は薄い。いつもアメリカ政府の目を惹く主役と一緒だった。
「国交省の若手官僚が提案したという書類が回ってきただろう。あれはどこにやった」
「すでに決済済みのものですか」
「たぶんそうだ。急いで探してきてくれ」
秘書はメモを取っている。
「今すぐにだ。それに遷都に関する法的手続きについて調べてくれ。これも至急だ」