〈じゃ、ドアを開けてくれ〉
森嶋はタオルを持ったまま入口に向かった。
ドアののぞき穴から見ると、ロバートが車輪付きの旅行カバンの横に立っている。
森嶋がドアを開けると同時にロバートが入ってくる。
「いつ日本に来たんだ」
「2時間ほど前だ。成田から直行した」
「いつも突然、現われるんだな」
「世界は狭くなった。ダレス空港で1杯飲んで、機内でひと眠りして機内食を何度か食ったら成田だ」
ロバートの特技は、いつでもどこでも熟睡出来、何でも腹いっぱい食べられることだ。好き嫌いはまったくない。
だから、時差ボケなどという言葉は、彼にとってはよその世界のものだ。ロバートに限らずアメリカ人のパワーの源は、この特技のせいだと思ったものだ。ファストフード店と同様、大学の図書館は24時間オープンだし、校庭の芝生や石段、廊下や階段、彼らは時間さえあると本を開いている。実によく勉強し、遊び、食べ、眠った。
「早く話せ。時間がない」
「お前が、急ぐこともあるんだな。しかし、まず感謝しろ。お前らがのんびりしすぎているんで、黙っていられなくなって飛んできたんだ」
ロバートは冷蔵庫からビールを出すと、栓を開けながら言った。よけいなお世話だ、と出かかった言葉を呑み込んだ。ロバートの話すことに興味がないわけでもない。
「どこかで朝飯を食べよう。どうせ、ここじゃロクなものが食えんだろ」
「俺は15分後に出なきゃならない。遅刻はしたくないからな」
「俺の話は15分じゃ終わらない。日本の存亡にかかわる問題だ。来るのか、来ないのか」
ロバートが真剣な表情で、森嶋を見つめている。