ロバートのスーツの衿には、星条旗のバッヂがついている。アメリカ合衆国政府職員の印だ。自信過剰でいいかげんなところばかりが目につく男だが、かなりのキレ者で、森嶋に対しては常に誠実だった。
森嶋はロバートに背を向けると、携帯電話を出して国交省の大臣官房総務課の番号を押した。
「今朝、起きると熱っぽいので休ませてもらいます。明日は必ず出勤するとお伝えください」
所属と名前を名乗ってから言った。
メモリーから優美子の番号を出し、送話ボタンに指を置いてから一瞬考えてそのまま携帯電話の電源を切った。わざわざ知らせることもないし、今日は誰の電話も受けない方がいい。
森嶋はロバートに向き直った。
「今回は誰と一緒だ。ハドソン国務長官はヨーロッパだから、アンダーソン大統領か」
「大統領はアメリカ国内を遊説中だ。中間選挙向けのな。今日はシカゴ、明日はセントルイスだ。俺も同行する予定だったが、アジアが騒がしくなってね。俺は一緒に来るべきだと進言したんだがね」
ロバートはアジアと言った。彼が訪問するのは、日本だけではないのか。
「それで今日はどこに行けばいいんだ」
森嶋はタオルを洗面所に置いてくると上着を手にとった。前の2回は総理官邸だった。
2人でマンションを出ると、ロバートは通りの反対側に向かって歩きだした。その視線の先には黒のセダンが止まっている。
「大使館の車を呼んでおいた。朝食後はドライブしよう。お互い相手については不満だろうがね。前に来た時、朝っぱらからお前に会いに来た女性なら、大歓迎なんだが」
ロバートは森嶋を見て笑みを浮かべた。
運転手は濃いサングラスをかけたがっしりした男だ。胸囲は森嶋の倍はありそうだった。ただの運転手でないことは森嶋にも分かった。
「今回の地震で、東京の脆弱さが世界に証明された」
車が動き出してからロバートが言った。数秒前までの笑みを含んだ表情は消えている。