結局、留学が始まってひと月、Aさんは手紙で別れを告げられた。その後、詫びや復縁を願う手紙を何通か送ったが、返信が来ることはなかった。

若かりし日々の過ち
後悔を残して今思うこと

 これがAさんの人生の中で一番大きな恋愛であった。

「今でもあのころのことを思うと胸が苦しくなります。別れてから数年たって今の妻と付き合うようになってからもアケミを諦めきれないままでした。今の妻も大切に思っていたことは事実ですが、恋愛感情としてはアケミに対するものと比べて遠く及ばないものでした。それを申し訳ないと思いつつ、それをどうすることもできなかった。

 妻は僕といることを幸せと感じてくれているようで、僕にとってもそれがうれしかった。周りの状況も固まってきたのでじゃあ結婚するかということで、ようやく決断しました。積極的な結婚だったとは言い難いです。

 結婚後から今に至るまで家族に恵まれて十分すぎるほど幸せですが、もう一度だけアケミに会いたい、願わくばあの頃に戻ってもう一度やり直したいという気持ちが消えることはありません」(Aさん)

 完全に「心の浮気」だが、心の中のことなので一応法的にはセーフである。

 アケミに心を縛られていることに自覚的だったAさんは、その裏返しで妻、そして家族にはことさら尽くしてきたつもりでもあった。

「今振り返ると、当時アケミにあんな態度を取ってしまったことが本当に恥ずかしく、情けない。彼女との別れは自分の未熟さが招いたこと以外の何ものでもありません。

『あの時こうしていればなんとかなったかもしれない』という気持ちが残っているからこそ、『当時に戻ってやり直したい』と強く思うのかもしれません。

 今の家族を失うことは考えられないのでアケミとよりを戻すなんて論外ですが、アケミと共に過ごしていたかもしれない人生を想像すると胸が苦しくなります。パラレルワールドがあるのなら、そっちの世界の自分はどうかアケミと過ごしていてくれよと思ったり思わなかったり……」

 無責任で片腹痛いセンチメンタルさかもしれないが、そう願わざるを得ない苦境に身を置いた当人にとってはまさに切実なのであろう。

 これだけ長く尾を引いているのは後悔を残した点に原因がありそうである。

「あの時こうしていれば……」といった類の後悔は、して仕方がないものだとわかっていても、スパッと気持ちを切り替えてやめるのがなかなか難しい。反省点を次に生かせれば後悔も無駄ではなくむしろ益だが、対アケミに関してはその活かすチャンスがすでに永久に失われているのである。

 留学直後に来たアケミからの1通、これに同封された彼女の写真を、Aさんは捨てることができず秘密裏に保管しているそうである。

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