妻の「心の叫び」は夫にも届かない写真はイメージです Photo:PIXTA

うつろな顔で
一心不乱に仕事する

 毎週土曜日は、5歳になる長男をプール教室に連れて行く。

 ガラス越しに温水プールが見下ろせる見学室で待っていると、十数人の子どもたちに交じり、ビート板を抱えた長男がちょろちょろと駆け出して来るのが見えた。

(おいおい、転ぶなよ)

 つぶやくと、まるで心の声が聞こえたかのようにこちらを向き、手を振ってくる。

 孝枝さん(仮名・32歳)も手を振って応え、持参したノートパソコンを開いた。

 そこからは一心不乱にキーボードを叩く。

 孝枝さんは外資系IT機器メーカーのお客様相談係勤務。お客様は法人で、毎日ほぼ、午前中100件、午後100件の問い合わせがあり、ひたすらそれに返信するのが仕事だ。夕方は時々、会議が入る。

 どんな質問にはどう回答するか、苦情に対してはどう対応するかはマニュアルがあり、完全に頭に入っている。というか指が覚えている。

 だからもう何も考えず、感情を動かすこともせず、機械的に仕事を進める。もしかしたら、少しは頭を働かせているような気もするが、気持ちの方はすっかり麻痺しており、仮に先方が怒り心頭の文章を書きこんでいたとしても、まったく感情は湧いてこない。

 うつろな表情でキーボードを叩いていると、ママ友が声をかけてきた。