近年、どの企業にも求められているコーポレートガバナンス。その理想形とは?そして、より健全な経営を進めていくための監視だけでなく、時には経営に介入して後押しすることが必要となる「社外取締役」の役割とは? 従業員・経営者・投資家それぞれの視点から、『ファイナンス思考』著者で元ミクシィ社長の朝倉祐介さん、元ディー・エヌ・エー取締役の小林賢治さん、ゴールドマン・サックスで14年間にわたり日欧米・新興国の多様な企業の投資案件やM&A等に関わってきた村上誠典さん、という多彩なシニフィアン共同代表の3人が語り合います。

監督機能だけでは社外取締役の価値は出ない

朝倉祐介さん(以下、朝倉):コーポレートガバナンス・コードが施行されて、東証一部の大企業であれば社外取締役を置く会社が増えてきていますが、スタートアップの場合、社外取締役の役割をどういう風に考えればいいのでしょうか。

小林賢治さん(以下、小林):先日のICC(Industry Co-Creation)サミットでも、「社外取締役はどういう役割を果たすのか」「どういう風に選定したらいいのか」というテーマのセッションが盛り上がった議論になりました。あまりにも選定が早すぎては会社側にとって逆に負担となります。かつ、社外の人がバリューを出せる場面っていうのは限られているのかなと思います。そのため、時期を見誤らないことが大事なんじゃないかなと思いますね。

取締役って、いったい何人が適切なのか?“ファイナンス思考”で考える社外取締役の役割社外取締役の役割って?

朝倉:それで言うと、スタートアップの場合、社外取締役ってVC(ベンチャーキャピタル)から来ている、あるいは株主から来ているお目付け役というパターンがほとんどですよね。

小林:そうですね。そういう意味で純粋に独立社外取締役というのを、未上場時点で置いている会社はかなり珍しいですよね。朝倉さんはラクスルの上場前に社外取締役として入られましたが、珍しい例ですよね。

朝倉:そうですね。私の場合、ラクスルもそうですし、去年KDDIさんに買収された、Reluxという宿泊予約サービスを運営しているLoco Partnersでも社外取締役を務めていました。VC以外から独立社外取締役を設置しているという点においては珍しかったのかなと思います。

小林:今振り返ると、具体的にどういうところでバリューを発揮していたと感じますか?

朝倉:そうですね。いわゆるでき上がった上場企業と、未上場のスタートアップで社外取締役に求められる機能は幾分違う気がしています。もちろん共通する部分はあるんだけど、強調されるポイントが少しズレるという感じです。大きいエスタブリッシュメントな会社であれば、経営と執行を分離したうえで、執行が機能しているかを監督することにより重きを置かれます。

 一方、まだまだ成長段階のスタートアップの場合、VCをはじめとした複数の株主の方々からの出資を受けていることを踏まえ、そういった人たちの利益が損なわれないよう監督はします。特定の株主の利益誘導になってもいけない。ただ、締め付けばかりだと駄目で、より実務や執行に近い部分でも議論をします。もっと言うと、会議の進行方法まで含めて、割とインプットする。監督だけでなく、背中を押す役割が、スタートアップにおいてはより強く求められると感じますね。

小林:よく社外取締役を表す時に、監督機能やガバナンスという言葉が出てきますよね。そもそもガバナンスっていう言葉自体が管理や統治という意味を持っているから、社外取締役という存在は足かせであり、面倒くさい人たちなんじゃないかと思われることも少なくありません。

 でも、僕は前職(ディー・エヌ・エー取締役)時代に社外取締役から「こういうこと考えてないの?」とか「こういうリスクって対処しないの?」と指摘されることで、より視野が大きく広がったという経験もしています。ポジティブな影響を受ける場面が多くあり、「社外取締役を入れた方がより経営のレベルが上がるんじゃないか?」と感じることが多々ありました。こうした社外取締役の重要性が、世の中で議論されることがあまりないことを不思議だと、ずっと思っていたんです。

社外取締役はどのように選定すべきか

村上誠典さん(以下、村上):会社が成長してくると、今までに経験してこなかった事態に対峙していかなくてはいけません。海外進出など、これまでとは違うマーケットに攻めていくフェーズに進むと、対応しなきゃいけないリスクなど、どうしても知らないことがある。こうした時、失敗を防ぐために社外取締役の意見を聞き、第三者的に知恵を補完してもらうことが、スタートアップ、大企業を問わず必要です。

小林次に自分たちがチャレンジするテーマを見据えて、それに合う専門性や経験を持たれている方を迎えることが必要なのかな。

村上:朝倉さんの著書『ファイナンス思考』じゃないですけど、より未来思考で社外取締役を選べれば、実はバリューが出やすいのかもしれないですよね。

朝倉:社外取締役が第三者的にインプットできることって、多々あると思うんですよね。社長を含めて執行に関わっている人達が、目の前の事業を回したり、オペレーションを確立したりすることに気をとられているのであれば、「もうちょっと非連続なジャンプだとか、違う成長余地を探っていかなきゃいけないんじゃないの?」といった目線の引き上げが有効な時もある。

 逆に、経営チームが非常にアグレッシブで、「あれもこれもやるんだ!」っていうような時であれば、「そんなにリソースはないんだから」と諌めて、風呂敷を畳むように促すことも必要かもしれない。ただ、未来を見ているという点では、やっていることや言っていることは違ったとしても本質的には同じ役割を果たしているんですよね。

村上:取締役会が、アセット・アロケーション(資産配分)やポートフォリオを議論する場だとすると、社外取締役がいるところは、マーケットのトレンドや競合状況を見ながらリソース配分が正しいのか客観的に指摘をもらえて議論に反映できる。スタートアップでも、そういったフェーズになってくると、社外取締役はバリューを出しやすいんじゃないかなと思います。プロダクトを開発してるフェーズだとそういう議論はそこまで意味がありませんが、複数の事業を抱えるようになると、よりバリューが出やすくなりますよね。

小林:ICCサミットでも、岡島悦子さんが仰ってました。岡島さんはいろんなステージの会社に関わっていらして、新しい事業と既存事業の間でリソースをどう配分するかを判断する時に「社外取締役の意見は、非常に大きなバリューだ」と。そう思うと、事業が複数にまたがるタイミングというのは、社外取締役の設置を考えるべきタイミングかもしれませんね。事業が一つだと、何を開発してどう営業して、どうマーケティングする、みたいな執行寄りの話に議論が集中する。だから社外の人は、逆に浮いちゃうかもしれないし、インプットする時間だけになってしまう可能性はありますよね。

朝倉:会社が成長して抱える事業が増えていくと、どんどんポートフォリオ・マネジメント的な観点に近づいていくわけじゃないですか。だから、そういった広がる複数の事業、複数のライン、複数の組織でどのように整合性を取って、どこに注力すべきなのかを判断すべき時に、社外取締役が貢献してバリューアップできる余地があるのでしょうね。

小林:この前、これから取締役会を作る会社の人に「取締役って何人ぐらいがいいんですか?」って相談されたんですけれど、これって意外に本質的な質問だなと思ったんです。よく執行で頑張った人を順番に上げていく会社があるじゃないですか。結果的に、取締役会のメンバーが営業部長、開発部長、マーケティング部長みたいな感じになってしまう。そうすると執行の人の数が増えちゃって、社外取締役が来てもあまりバリューが発揮できない雰囲気になります。そういう風に執行者側だけにならないように、先々を考えてメンバーを構成していくのは重要だと思いましたね。

村上:言いすぎかもしれませんが、事業数が増えるほど社外取締役の比率が高い方が議論のバランスが取りやすいかもしれませんね。

小林:それは実感としてあります。

朝倉:逆に初期段階の会社で、教科書通り厳密に経営と執行の分離をやりすぎてしまうと、社長はどんどん現場が見えなくなってしまうので、それはそれで考えものです。徐々にステップアップしていくべきプロセスなんだと思います。

*本稿は、Voicyの放送を加筆修正し(編集:箕輪編集室 高橋千恵、新井大貴、橘田佐樹)、シニフィアンのサイトに2018年11月10日に掲載したものを一部改編しています。