「従業員にとって自社の株価が上がる意味は?」--このシンプルな問いに、ハッキリと答えるのは難しい。これについて、従業員・経営者・投資家それぞれの視点から、『ファイナンス思考』著者で元ミクシィ社長の朝倉祐介さん、元ディー・エヌ・エー取締役の小林賢治さん、ゴールドマン・サックスで14年間にわたり日欧米・新興国の多様な企業の投資案件やM&A等に関わってきた村上誠典さん、という多彩なシニフィアン共同代表の3人が語り合います。

なぜ「なんとかして株価を上げないといけない」のか?

朝倉祐介さん(以下、朝倉):マザーズや東証一部の会社でも、多くの経営者は自社の株価を気にしていらっしゃいますよね。確かに、本質的に会社の価値を上げていくことは非常に重要なことです。ただ、頻繁に第三者割当で資金を調達しているわけでもない上場企業の場合、そこで働く人たちは、ともすると「なんで株価って上げなきゃいけないんでしたっけ?」という考えに陥りがちだと思うんですよ。これに対する答えって何でしょうね。

小林賢治さん(以下、小林):すごく単純な問いですけど、実は答えるのが難しいと改めて思いますね。経営者にとっては長期的に企業の株価を上げるということは、株主に対して負っている責任です。建前論の側面もあるけど、これを否定したら何も始まらないですよね。資本主義が成り立たない。日本の場合は特に、このテーゼに対して従業員レベルで必ずしもインセンティブが設計されているわけではないところがあります。だから、疑問が湧きやすい。

従業員にとって、自社の株価が上がる意味はどこにあるのか? それを意識づける経営の仕組みはあるのか?なぜ株価を上げなければならないか?

朝倉:よくCFOや経営企画室の人たちは、「なんとかして株価上げないと」と問題意識を持っている。でも、現場の従業員にとっては、株価が上がっても給料が上がるわけでもないですし、「何を必死にやっているんですか?」と、温度感の違いが出てくることってよくあるのかなと。

小林:非上場の場合だと、結構な人数がストックオプションを受け取っているパターンが多いこともあって、自社のバリュエーションというのはある程度意識付けされているじゃないですか。メルカリのように、かなり多くの人数に配布されていたパターンもありますし。しかし、上場企業になると「従業員持株会が10%程度の株式を持っています」って会社はほぼ見たことない。エクイティ型のインセンティブを持っているのは極めて限られた人だけです。

村上誠典さん(以下、村上):正直、株を持っていない従業員にとって、株価を上げる意味は実質的にはない状態ですよね。株価を上げることの意味は、株主に対して経営陣が責任を果たすためだという理屈なので、株価を上げることにインセンティブがない人に対して、モチベーションを感じてくださいと言っても正直無理がある。

 ただ、会社が成長することに対して従業員がモチベーションを感じるという状態を前提にできるのならば、「株価を上げることはファイナンス戦略・M&A戦略の一環だから興味を持ってね」という話になります。また、会社として、自分たちがやりたいことにリスクをとってチャレンジする時に、株価のサポートを得ている状態だと、非常に判断がしやすくなります。株主の支持を得ているということであり、たとえば、海外展開とか新製品を発表するといった挑戦がしやすくなる

 そして、株価を上げる意味って、究極的にはアクティビストからアタックされるリスクを減らしているとも捉えられます。マザーズに上場する会社の創業者は、ほとんどの株を持っているのであまり起きないでしょうけど、アクティビストに「おい! 赤字出すな」などと言われ始めると、途端に経営判断がしづらくなるケースがあります。経営陣が株主に対して信任を勝ち取って、やりたいことができるようにするために、株価を上げることは意味がある。

 逆に言えば、従業員にとって株価を上げる意味って、それぐらいのことしか言えないのかもしれない。それも大事なことだとは思うんですが、それをもって従業員に意義を感じてくれっていうのはちょっと距離感がありますもんね。