世論に響くのは「感情」の部分
感謝を強調すべきだったが…

 それは眞子さまの父・秋篠宮文仁親王も同じだろう。昨年11月、小室さんに関する質問を受けて、「それ相応の対応をするべき」と回答されただけではなく、このようにおっしゃったのだ。

「多くの人が納得し喜んでくれる状況にならなければ、婚約にあたる納采の儀というのを行うことはできません」

 主張が対立する相手の言動を無視して、自分の主張を「事実」として世に広めよう、という今の小室さんの姿には、残念ながら多くの人が納得することはないのではないか。

 そのような小室さんの人間性ということで言えば、さらに致命的なのが(3)の「社会通念上、まずあってしかるべきの『感情』がない」ということだ。

 想像していただきたい。もし自分が大学へ行くための資金400万円を、ポンと出してくれた人間がいたら、まず出てくる気持ちは「感謝」ではないか。

 ましてや小室さんの場合、そのお金のおかげで大学進学し、留学やアナウンススクールも経験し、眞子さまにも出会うことができた。そのような意味では、小室さんがまずこの声明で述べるべきことは、母親の正当性云々や、あれは「支援」だとか「貸付」だという話ではない。

「ありがとうございました。今の自分があるのは、あの時にご支援いただいた、お金のおかげです」という、元婚約者の方への感謝と敬意の念ではないだろうか。

 しかし、残念ながらこの声明ではそれを読み取ることはできない。もちろん、そこは爽やか好青年の小室さんなので、元婚約者の方への「感謝」はちゃんと言及されている。「解決済み」と同じく以下のように2回登場している。

《婚約期間中、元婚約者の方から金銭的な支援を受けたこともあります。当時、母も私も元婚約者の方とは既に家族のようにお付き合いしており、ご厚意にたいへん感謝しておりました》
《私も母も元婚約者の方からご支援を受けたことには今も感謝しております》

 いかがだろう。極めて他人事感が強いというか、完全に過去のことだ。小室家の主張のように「贈与」だったとしても、もっと何か言うことがあるだろう。