「大森」駅西口には、高低差のある街並みが線路際から見上げるように広がっている

大森に潜む「地獄谷」

 台地と低地の境目に鉄道が走り、線路の両側で山の手と下町のように街の雰囲気が異なる例は「上野」「田端」間などJR山手線の東側で見掛けるが、JR京浜東北線「大森」も同様に、駅の東側と西側では地形も雰囲気もまるで異なっている。

「大森」は、日本初の鉄道が「新橋」「横浜」間に開通した4年後に停車場が設けられた歴史ある駅なのだが、一般にはいま一つ印象が薄いかもしれない。

 東側は東京湾に続く低地で、旧東海道沿いには江戸時代のお仕置き場「鈴ヶ森刑場」の跡も残る。海苔の産地として栄えた頃には、鉱泉が出た大森海岸は三業地としてもにぎわっていた。その名残か、いまでも飲食店が多く、「吟吟」「T’s bar」「オッティモ(ottimo)」をはじめとした日本酒の有名飲食店が集まっていることでも知られている。

 西側は日蓮終焉の地である池上本門寺のある馬込方面へと続くなだらかな丘陵地で、後述するように、かつては郊外の別荘地として著名人も名を連ねた高級住宅街だ。

 駅西口を出て、池上通りから線路側に戻る急こう配の階段を下りていくと、そこには通称「地獄谷」という物騒な名前の、昭和の風景が保たれた飲み屋街が残っている。正しくは山王小路飲食店街といい、スナックや小料理店の中には昭和ひと桁生まれのママや女将が現役の店もある一方で、平成前後生まれの世代も自分の店を開くなど、幅広い。

 再開発によって同様の風景が広がっていた「武蔵小山」がタワマンの街に変貌を遂げる中で、ここだけは密やかな谷間として残るものと思われていたが、再開発の波は容赦なく訪れようとしている。 

 池上通りに向かう急こう配の階段。駅プラットホームと同じ高さの山王小路飲食店街(通称「地獄谷」)には、昭和、平成と時代を超えた看板が連なる。「地獄に佛」というお店も。共同トイレの上では、番人のような猫が野太い声で来訪者ににらみを利かせていた