一方、旧厚生省には統計担当部局として大臣官房統計情報部があり、こちらは完全に統計の専担組織であった。

 これが中央省庁等再編で厚生労働省統計情報部に統合された。その後、平成28年に、「膨大な個人情報や機微な情報に係る情報セキュリティに関する体制等の整備を図るため」、厚生労働省令を改正、大臣官房に置かれた統計情報部を廃止し、厚生労働省に置かれた政策統括官の所掌事務を変更して統計・情報担当とし、統計情報部に置かれた課等を廃止し、各担当の参事官等が置かれた。

 要は課を参事官(◯◯担当)に置き換えたということ。官の下に課を置くことはできない。

 その後、政府全体として、証拠に基づく政策立案(EBPM)の推進の観点から、統計データの活用はその一環であり、政策評価と一体であるとされ、同政策統括官は政策評価も担当することとなり、現在に至っている。

 これだけ聞いても何のことか分からないかもしれないが、要は旧労働省と旧厚生省では統計担当組織の位置付けや扱いも異なれば、統計担当組織のポストの重みも異なっていたということである。

 具体的な話をすれば、筆者が当時の統計基準部在籍中に聞いた話として、労働省の統計等を担当する職員は、キャリアであれば数学職を中心に採用されていたが、キャリアであっても昇任は本省課長級止まりだったようだ。医官も含めてさまざまな人材が省内を巡っており、統計担当部門だけで考えても、統計情報部長職まである旧厚生省とは大きな違いである。

 統計担当部門が制度(統計基準部)と調査(統計調査部)の2つあり、規模が大きく、統計局長のポストまで昇任可能な旧総務庁とはもっと大きな違いである。

 一方で、数学職を大量採用するわけでもないので、旧労働省の統計担当部門の職員が全員数学職なり統計の専門職として採用されたわけではなく、省内の人事異動でたまたまそこにいるという職員の方が多い。そうなると統計担当職員たちのモチベーションが高いとは言い難いのみならず、統計の意味や重要性等についての理解に差が出てきても不思議ではあるまい。

 これに加えて、旧労働省系職員と旧厚生省系職員の“能力の差”もよく指摘されるが、それも含め、以上のようなことが責任逃れ、ある種の事なかれ主義、事大主義を生み、10年以上にわたる不正を生む土壌となったのではないか(むろん、なぜ数値を低く見せる必要があったのか、という根本的な問題の原因は別にあると考えられるが)。