ちなみに、この本の主人公は旧制中学三年生で15歳のコペル君。コペル君が叔父さんにさまざまな悩みや葛藤を相談するという対話形式でまとめられていて、明確な結論を出すというより、考え方をアドバイスするという体裁です。最後にコペル君の決意がまとめられています。内容的にも面白く、教育的な意味でもふさわしい古典だと判断しました。

 こうした古い本に限らず、現代の作家の作品でも内容的に古典的な価値のあるものがいくつかあります。たとえば立命館大学准教授の千葉雅也さんが書いた『勉強の哲学』や、恩田陸さんの『夜のピクニック』などは比較的新しい作品ですが、おそらく今後10年以上は読み継がれる古典になるでしょう。

作家として活動する佐藤氏の“読み方”とは

 言語能力は「読む」「聴く」「話す」「書く」の4つの力から成り立ちます。そして聴く、話す、書くという三つの力が読む力を超えることは絶対にありません。読む力が天井なのです。読む力があればつねによい表現ができるとは限りませんが、よい表現ができる人は必ず正確に読む力をもっているものです。

 そのため、私は表現としてのアウトプットの時間以上に、読書などのインプットの時間を確保するようにしています。どんなに少なくても1日4時間は読む時間をとっています。一日の流れでいうと、朝起きて頭がクリアな状態のときは原稿を書いています。やがて頭が疲れて原稿を書くのが苦しくなるまで続けます。だいたい朝6時くらいから始めて、お昼くらいまででしょうか。

 その後、締め切りが特に迫っているものがなければ、午後の時間は資料を整理してそれを読んだり、小説や映画を見たりしてできる限りインプットの時間にあてます。私の場合、時事的な出来事についてのインプットと、小説や古典のような根元的なインプットに大きく分けられます。何か事件や時事問題がある場合はコメントを求められることも多いので、必然的に時事問題のインプットが増えます。そうしたことがなければ古典や小説などフィクション系のインプットが増えます。