子育て中の親の悩みが幸せに変わる「29の言葉」を集めた新刊『子どもが幸せになることば』が、発売直後に重版が決まるなど、注目を集めています。

著者は、共働きで4人の子を育てる医師・臨床心理士で、20年間、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けてきた田中茂樹氏。親が「つい、言ってしまいがちな小言」を「子どもを信じることば」に変換すると、親も子もラクになれるという、心理学に基づいた「言葉がけ」の育児書です。

この記事では、子どもに「怒る」ことの弊害について、事例とともに紹介します。(構成:編集部/今野良介)

腹が立った時の「振る舞い方」を示すチャンス

小学校5年生の男の子の父親Dさん。わざと親を怒らせるような子どもの行動に、どう対応したらいいのかと、私の元に相談に来られました。

やるべきことをわざとやらなかったり、母親にわざと嫌がることを言ったり。それも、自分に聞こえるように言ってくるのだ、と。子どもは、Dさんを挑発しているのです。

このような、腹が立って怒鳴ってしまいそうな場面で、挑発に乗らず、怒らずに、しっかりと対話をすることで、親は勇気を示すことができます。

腹が立っても、声を荒げたり、こわい表情になることなく、話し合って乗り越えていけるという「見本」を示すチャンスです。

この先の人生で、子どもは、そのような対決、交渉の場面に何度も出会うはずです。衝突する相手は、親ではなく、もっとリスクが高い相手かもしれません。

やさしい安全な相手である親と、このような練習ができることは、この先の人生でやさしくない相手と対決しなければならない場面で、彼を支えることになるでしょう。そういう贈り物をするチャンスです。

さて、「どう対応したらいいのか」というのがDさんの問いでした。

述べたように、ポイントは、「これは困ったことではなく、チャンスなんだ」と、まず受け止めることです。これは貴重な機会であると意識すること。

Dさんは、頭ではわかっていても、そのような場面になると、かっとなってしまって、最初はなかなかうまくいきませんでした。

実は、Dさんの父親は、いわゆる「口より先に手が出るような人」であり、子どもの目の前でも、母親を怒鳴ったり、ときには暴力を振るったりしていたとのことでした。Dさんも何度もたたかれたそうです。Dさんは、親からの暴力のトラウマを抱えていると考えられます。

そして、自分が親になったいま、子どもから生意気なことを言われた場合に、本来のDさんならばそこまで腹がたつわけでもないのに、父親と自分の関係が重なって、怒りに我を忘れてしまうようでした。

つまり、Dさんは、親として子どもと接しているけれど、かつて父親から受けた暴力の恐怖が蘇り、子どもとして恐怖を感じているのかもしれませんそして、Dさんの父親がやっていたような、暴言や暴力をふるいそうになってしまうのでしょう。

私は、そのことを面接で指摘しました。

Dさんは、怒りを感じた場面で自分の気持ちを見つめることを繰り返していくうちに、子どもの挑発にも、かっとならずに乗り切れるようになりました。

このような場合に、「ダメなものはダメだと、強く叱ったほうがいいのではないか?」という考え方をする人もあります。

「強く」ではなく「冷静に」叱るのは、悪くないと思います。しかし、怒るべきではありません。

怒鳴ったり、暴力で言うことをきかされると、子どもは、今度は他の人との関係でも、暴言や暴力に屈するようになるかもしれません。

もっと悪い場合は、相手、たとえば結婚すればパートナーを、子どもができれば子どもを、暴力で押さえ込もうとするかもしれません。

傷つくだけでなく、暴力を「学習」してしまうかもしれません。

 

「暴力はダメなんだ」という原則がしっかり伝われば、子どもがこの先の人生で、相手との交渉に暴力を用いる可能性を低くすることができるでしょう。

また、他の人(学校であれば仲間や先生)の助けを呼ぶことは、恥ずかしいことや卑怯なことではなく、正当で当然のことだと自然に思える子は、そうでない子よりも、危険な状況になりにくいと考えられます。

逆に、暴力で従わされたり従わせたりということを「ある程度仕方のないこと」と受け止めてしまって、暴力を肯定してしまえば、「助けを求める自分は弱い、情けない」と思ってしまうかもしれません。

子どもがSOSをしっかり出せるために、暴力的な交渉を拒絶できるようになるためにも、親として怒らずに対話することが大事です。Dさんから息子さんに送られたスキルは、この先の息子さんの人生で、大きな財産になるでしょう。

また、Dさんは、「親にこんな口をきいて、そのときに叱られなかったら、息子は外でも生意気にふるまってしまって、痛い目にあうのではないか?」と心配されていました。

私はこの点も、さほど心配ないと思っています。Dさんの言う「外で」とは、仲間との関係でしょう。子どもは、いきなり社会に出るのではなく、幼稚園や保育園、そして小学校、中学校、その先へとゆっくりゆっくり成長していきます。

相手への怒りも、親しみも、攻撃性も愛着も、腕力や言葉と同じように、ゆっくり育っていくものですいろいろな子どもや仲間と出会うでしょうから、痛い目にも遭うかもしれませんが、どうやったらそれを回避できるか、そこから逃げ出せるか、何度も何度も繰り返して学んでいくはずです。

かくいう私も、この点に関して、失敗をしたことがあります。

子どものサッカーのコーチをしていたときのこと。長男は気持ちがやさしく、試合で相手に強く当たっていく気迫が欠けているように私には思えました。私がかつてそのような指導を受けたので、子どもにも「試合はケンカと同じだと思って、もっと強くぶつかっていかないとダメだ」と指導したのです。

すると、子どもは余計に萎縮するようになり、良いプレーが減って、大事な場面でミスが増えました。
「なんで練習でできることが試合でできないの?」と、私が聞きました。
子どもは「なんでかわからんけど、相手がこわく見えて。普通にできなくなってきた」と言いました。

他のスポーツでも同じだと思いますが、楽しくのびのびやるからこそ、創造的なプレーも出るのです。試合の相手だって、そもそもは一緒にサッカーを楽しむ仲間です。

「相手は敵だ、倒せ!」のような考えは、勝ちに固執した大人の押しつけです。私は自分の劣等感、つまり「負けるのがこわい」という意識を子どもに押しつけていたのです。子どもの大事な成長の機会を奪っていたのだと、そのときに知りました。

やがて、子どもは楽しくて熱中して、一所懸命になっていくうちに、どうしても勝ちたい、負けたくない、と思う日がくるかもしれません。

しかし、それは親が押しつけることではなく、子どもの心の中から自然に生まれて来るべきものなのだと、子どもに教えられました。