子育て中の親の悩みが幸せに変わる「29の言葉」を紹介した新刊『子どもが幸せになることば』が、発売直後に連続重版が決まり、大きな注目を集めています。著者であり、4人の子を持つ田中茂樹氏は、20年、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けた医師・臨床心理士。
本記事では、心理学者エルナ・フルマンの有名な論文タイトルに見る、子育てにおける「親の役割」をお伝えします。(構成:編集部/今野良介)
「あの子は頼りないから私が助けてあげないと」
知人が、あるとき、スマホで地図画面を送信していました。中3の息子さんに、模擬試験の会場の地図と道順の説明を送ったとのことでした。
「あの子はこういうことが本当に苦手で、迷子になりかねないんですよ」と言いながらも、彼女はどこかうれしそうでした。
子どもに対して「あの子は頼りないから私が助けてあげないと」と気にかける親は、「まだ子どもは自分のもとを去らない」「子どもから見捨てられることはない」と、どこかで安心しているのかもしれません。
別の友人の話です。
彼の高校生の息子さんが、夏休みにアメリカに住むいとこを訪ねることにして、自分で旅行の計画を立てました。飛行機のチケットもインターネットで調べて、いろいろ考えて子どもが自分で予約したそうです。
しかし、子どもの選んだルートは、親から見れば乗り換えに無駄な時間が多く、とてもまずいルート(と、親は言いました)だったそうです。そこで、彼が「もっといいルートがあるよ」とアドバイスしているうちに、子どもは怒り出して、結局、旅行はとりやめになってしまったそうです。
費用はそんなに変わらなかったそうですし、「息子さんの選んだルートでよかったのでは?」と友人に尋ねてみました。しかし、「乗り換えに空港で何時間も無駄にすごすよりも、早く目的地に着けるほうが絶対にいいはずでしょ。そんなことさえわからないなんて、息子には本当にがっかりした」と、彼はまだ怒りが収まらない感じでした。
もちろん、普段の親子のコミュニケーションにも少々問題はあるのかもしれませんが、ポイントは、最初の話と同じです。
子どもが自分で選んで、自分で楽しんだり苦労したりして、親以外の人や出来事から学んでいくことの大切さ、そのような子どもの経験へのリスペクトをしっかりもちましょうということです。
これは、自分の子どものころを思い出せば、すぐに理解できると思います。
親からの「助言」は、ありがたかったですか? うっとうしかったですか?
子どものためにと「正しい」アドバイスをして嫌われるより、子どもが、親から見れば「正しくない」「未熟な」選択をするのを、勇気を持って見守る。
もちろん、あきらかに露骨な失敗をしそうなとき、たとえば受験票や飛行機のチケットを持たずに家を出ようとしていれば、「大事なもの、忘れてるよ!」という指摘はしてあげたほうがいいでしょう。それさえ言わないのは、ただの意地悪になってしまいますから、程度の問題はあります。
それでも、親は、自分の「正しさ」に注意が必要だと思います。正しさを押しつけることが、いつも子どものためになるわけではない、ということに。
「母親は、子どもに去られるためにそこにいなければならない」
これはエルナ・フルマンという心理学者の、有名な論文のタイトルです。
この論文には、親が手を回したり導いたりしなくても、いや、そうしないほうが、子どもはしっかりと自立していくということが説かれています。
「離乳のときを思い出すように」とフルマンは書きました。離乳食に興味を持たせようとしなくても、子どもは、自分の好奇心でいろいろな食べ物に引きつけられるようになります。むしろ母親のほうが「ママのおっぱいが一番」だったわが子が成長していくことに、さみしさを感じるのだと書かれています。
「やさしくしすぎたら家から出て行かないのではないか」と気をもむ親もいますが、子どもはいつまでも親に頼りたいとは思っていません。彼らなりのタイミングで、彼らなりのスタイルで、親から独立していきます。だから、親がすべきことは「去られるためにそこにいること」だというのが、フルマンの主張なのです。
また、「そこにいなければならない」という言葉は、たいへん意味深いものです。困難に出会ったり孤独を感じたとき、振り返れば自分を見守っている親の姿を確認できることは、子どもにとって不安な独り立ちの始まりには、とても大切な支えになります。
「そこにいる」というのは、子どもの選択を見守り、必要なときにはいつでも安全な場所に戻れることを保障する態度です。
「そこにいる」ことは「何かをする」ことよりも、ずっと難しいのです。