ジョン・ルイス・ギャディス著
(早川書房/2700円)
昨年10月、米ペンス副大統領がハドソン研究所で行った対中国政策についての演説により、「米中新冷戦」が始まったとされる。これから、日本は国家運営をどう考えていけばよいのだろうか? このような不透明な時代における「国家戦略の考え方」を教えてくれるのが、今回紹介する『大戦略論』だ。
著者は、第2次世界大戦後の冷戦史の世界的な権威として名高い歴史学の教授である。本書は、米イェール大学や米海軍大学で担当するエリート向けの講座をベースにした講義録のようなエッセー集だ。本書の特色は3点ある。
まず一つ目が、国家戦略の考え方が学べるという点だ。著者は、これを「大戦略(グランド・ストラテジー)」と名付け、国家のリーダーが国の進むべき方向を考える際の思考を教えようとする。ただし、その教え方は、主に歴史的な事例と有名な思想家たちの考えに言及するもので、原則や法則を提示するというより、バーリンのような思想家やトルストイのような文豪の考えを「教師」として語るというアプローチだ。
二つ目は、西洋におけるリベラルアーツの知的伝統が学べることだ。全10章で、古代ギリシャからローマ時代、中世からルネサンス、そして近現代へと、大戦略の思想家とリーダーを対比させながら、西洋(とりわけ米英)のエリートたちが身に付けるべきスタンダードな知的教養が順序よく学べる。日本の高等教育では「四書五経」や『十八史略』を学ぶ伝統が廃れて久しいのとは対照的だ。
三つ目は、物事を判断する際にリーダーが身に付けるべき両面的な「常識(コモンセンス)」の必要性を主張する点である。そして、これは国家ではなく、個人にも適用できるという。例えば、古代ギリシャの名将ネストルの言葉を借りて、「戦略」を「分別」、つまり判断力を示す言葉で言い表す。本書は、そのためにバーリンのハリネズミ(大きな視点)とキツネ(細かい視点)という例えを活用しつつ、リーダーは大小、清濁、表裏のような矛盾かつ多面的な視点を持つこと(これが常識(コモンセンス)だ)の重要性が説かれる。
人によっては話が拡散しがちだと感じるだろうし、知的レベルの高過ぎる話についていけないこともあるだろう。また、原著になかったために仕方がないが、多くの地名が出てくるため、やはり地図が欲しかった。ただし、「物語」として読み進めることができるところは秀逸であり、経営論で世界的に名の知られる一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏の簡潔な解説とともに、非常に読み応えのある本である。大きな組織のリーダーには、近年の必読書であろう。
(選・評/IGIJ(国際地政学研究所)上席研究員 奥山真司)