SPQR ローマ帝国史
『SPQR ローマ帝国史』(1、2)
メアリー・ビアード著(亜紀書房/各2400円)

 英ケンブリッジ大学の古典学教授で、古代ローマの碩学による、一般向けの古代ローマ千年史である。書名のSPQRとは、ラテン語の「ローマの元老院と人民」という言葉の頭文字で、今でもローマ市のシンボルとして随所に使われている。

 著者が本書で取り組んだ問題は、なぜローマは短期間で大国を築くことができたのか、である。このテーマ自体に新味はないが、本書は、従来のように当事者や後世の研究に頼るだけでなく、あらゆる周辺の記録や著作、遺物や考古学の成果などの状況証拠と突き合わせた上で、通説の真偽を検討するというアプローチを取る。

 例えば、冒頭ではキケロとカティリナの対立を取り上げ、キケロは本当にローマの共和制を守るという正義のために戦ったのだろうか、と問う。通説では、主としてキケロ自身の著作(当然ながら自分に都合よく脚色されている)に依存するが、周辺にあるさまざまな証拠と突き合わせれば、カティリナによるクーデターの計画は、実はキケロが自らの政治的野心の実現のために、この騒動を巧みに利用した可能性が浮かび上がる。

 あるいは、グラックス兄弟の改革は、度重なる戦役で小規模自営農が没落して無産階級が増え、共和国の基盤が揺るがされたことから土地改革を試みたとされる。ところが、農地が大規模化していたというのはティベリウスによる話があるだけで、実際には小規模農家は減っていなかったとする証拠があるとしたら、グラックス兄弟の動機をどう考えるべきか。

 このように、自分のローマ史に対する理解がいかに表層的なものだったか、と目から鱗(うろこ)が落ちる。これは、歴史を学ぶときばかりでなく、私たちがビジネスに関する記事やケース(事例集)などを読む際にも、本当に大切な視点である。記者や著者の話を鵜呑(うの)みにするのではなく、できる限り、他の証拠と突き合わせて実際にあったことを推定せねばならないと教えてくれる。

 著者は、実際のローマ人の考え方はばらばらだったし、英雄や皇帝などの個性も社会に大きな影響を与えなかったため、古代ローマに学ぶことはあまりないという。

 むしろ、ローマの歴史、詩、散文、論争、議論を知ることにより、過去のみならず、私たち(ここでは英米の読者)自身について学べることは多い、と主張する。

 さらに、日本人の私たちには、古代ローマの物語は“西欧社会の基本”となっているため、西欧との対比において私たち自身を学ぶことにもなる。計2冊と大部であるが、社会が大きく変動している今こそ、じっくり読んでみたい。

(選・評/早稲田大学ビジネススクール教授 平野雅章)