今日、なぜ休暇を取ったか、村津は最後まで聞くことはなかった。

 森嶋はしばらくその後ろ姿を見ていた。寝るどころか今夜は徹夜だ。

 マンションの前まで来たとき、向かいのコーヒーショップから女が飛び出してきた。理沙だ。

「2ランクの引き下げじゃなかったの」

 森嶋の前に立った理沙は強い口調で言った。

 1時間前にインターナショナル・リンクのCEOビクター・ダラス直々に日本と日本国債の格付け発表があったのだ。当初流れていた2段階引き下げが、一気に3段階引き下げられた。こういう事態はかつてなかったことだ。これで日本の評価はAマイナスとなり、マレーシアやタイと同じグループに入ることになった。

 理沙は早口でまくしたてた。

 インターナショナル・リンクはその理由として、日本の地政学的問題と衰退を続ける経済、判断が遅く満足な手の打てない政府をあげた。特に、日本が置かれている災害の危険性には憂慮している。理沙の言葉は今日、森嶋がダラスから聞いた通りだ。最後に言った一つを除いては。その言葉こそ言うべきだったのだ。

 通りを歩く若いカップルが早口でしゃべる理沙を見て何か話している。

「落ち着いて。僕の部屋に行こう」

 森嶋は理沙の腕をつかんでマンションに入り、部屋に直行した。