第3章
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「妻が生きているときから彼とは飲み友達だ。ICTの最新技術についても色々学ばせてもらっている。この話が動き出すと、私も彼と距離を置かなければならないだろうな。残念だよ」
森嶋の危惧を察したように言った。
「新日本建設の社長は大学の先輩に当たる。学部は違うがね。彼の修士論文がやはり首都移転に関するものだった。企業に就職してからも興味は持っていたようだ。ブラジルやオーストラリアの首都については私以上に研究している。学会にも発表している。前の首都移転準備室時代に何度も研究会に来てもらった。いまコンペをやればダントツだろうね。しかしやはり今の関係ではまずいだろう。私が小心者すぎるのかな」
「そういうつまらないことがネックになることが多々あります。さらに、実際に遂行するとなれば、議員、官僚がこぞって反対するのは必至です。あらゆる手段を使ってくるでしょうね。そういうことには意外と体力と神経を使います。無駄なことは極力避けたほうがいいと思います」
村津は考え込んでいる。
「近いうちに殿塚先生とお会いしますか」
「明日会う約束になっている。きみにも同行してもらうつもりだ」
森嶋は時計を見た。
「今日は役所に戻らなくていいよ。風邪を引いて休んでるんだろ。早く部屋に帰って寝るんだな」
分かりましたと歩き始めた森嶋を村津が呼びとめた。
「きみがハーバードで書いた論文の概略を作ってきてくれ。それをグループ内で講義してほしい」
村津は軽く手をあげると森嶋とは反対方向に歩いていった。