「今回の地震での東京の脆弱性は、彼らにとっては日本人以上にショックだったんです。それにアメリカ人、特に東部のアメリカ人には少しの揺れもすごい恐怖なんです。地震などとは縁遠い地域ですから」

 神の怒りと表現した海外メディアもいた。そして驚いたことに、それを本気で信じている海外の政府高官すらいるのだ。

「たしかにその通りね。本物の東京直下型地震はマグニチュード8クラス。先日の地震の30倍以上のエネルギーだって聞いてる。評価を下げたくもなるわね。3ランクの引き下げじゃ甘いかもしれない」

 それにインターナショナル・リンクの本社はニューヨーク、東海岸だものね、と付け加えた。

 理沙は次第に冷静さを取り戻していった。そして、軽いため息をついた。その空気は重苦しい波となって森嶋にも伝わってくる。

「企業のいくつかが東京を逃げ出す準備をしてるって知ってる? もっとも、すでに逃げ出した企業もいくつかあるけどね」

「地方移転ですか」

「言葉はそっちの方がずっといいわね。本社を海外に移してしまおうって動きも本格化してるわよ。税制面で海外移転を考えていても踏ん切りがつかなかった企業も、今回の地震で決心したわけ。これからますます増えるわよ。政府じゃ、この事態を把握してるんでしょうね」

 森嶋はなんと言っていいか分からなかった。自分は一省庁の一官僚にすぎないと言いたかった。だが、そんな話は初耳だ。管轄省庁、経済産業省は動いているのかもしれない。しかし、今の状況では動きようがないのも事実だった。

「政府は、ぼんやりしてる場合じゃないでしょ。企業があわててるのは自分たちの事情より、政府機能の脆弱さを危ぶんでいるからなのよ。あの程度の地震で、まだ政府機能はマヒしている。すべてが元に戻り正常な運用ができるまでに、当分かかると考えている。それまでどうしろというの。これじゃいくら自分たちがBCPに必死になっても、意味がないでしょ」

 BCPとは企業継続計画のことだ。阪神淡路大震災以降、企業は緊急事態に際して、どのような対策をとるかを考えている。つまり一度大幅に落ちた生産を、いかにすみやかに元に戻すかを考える事業継続計画、BCPを策定し、運用し、訓練している。

 たしかにその通りなのだ。政府の安定は企業にとってもっとも必要なことだ。

「私、社に帰らなきゃ。上司にダラスCEOの話を報告して、朝刊用の記事を書かなきゃ。次の地震でも起こらなきゃ、明日のトップ記事でしょうね」

 理沙はそう言うと立ち上がった。

 森嶋は理沙を送ってマンションを出た。

(つづく)

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