「当初は不整脈治療に専念するつもりでいたのですが、冠動脈疾患の異型狭心症(心臓の血管がけいれんして生じる病気)で著名な業績を上げていた先生(泰江弘文教授)が、静岡から熊本大学へいらして、新設された循環器内科でも取り組むというので、僕も指導を受けることにしました。(不整脈とは)ぜんぜん違う病気というのがよかった。フレッシュな気持ちで、臨床研究にも熱が入りました。

 オリジナルデータも豊富に得られたので、論文を書けばすぐに、世界の一流学術誌に掲載してもらえる。それは本当に痛快でおもしろかったですね。熊本大学はそれまで、循環器では論文掲載という点での実績が乏しかったので、ぐんと伸びました。

 僕は僕で、並行して不整脈の臨床研究にも取り組み続けて、成果を上げることもできました」

 アメリカから帰国したのは1985年12月。日本でカテーテル・アブレーションの治験が開始されたのが91年。保険適用となったのは94年からだが、アメリカで学んだ不整脈に対する最新の知見と、冠動脈疾患の治療(PCI)で磨いたカテーテル技術を合体させることで、この最新の治療法をいち早くものにすることができた。

「熊本大学病院での10年間は、本当に貴重な時間になりました」

 忘れられない体験もあった。

「帰国してすぐの頃(1987年)、重症の不整脈を患った中学生が、沖縄の病院から紹介され、熊本大学病院に転院してきました。内科治療の限界で、外科の先生と相談し、開心してクライオサージェリー(心筋を冷凍する治療)を施行、2、3日は調子よかったのですが、すぐに再発してしまい、涙を流して苦しがる。これはカテーテル・アブレーション(当時は直流通電)しかないと、留学中に多少経験しただけでしたがトライしたらうまくいき、その子は病気から解放されました。いつだったか40歳になりましたと、会いに来てくれました。うれしかったですね」

 外科ではできなかった根本的な治療を、身体に対する負担も最小限でできたことに感激した先生は、以降ますます、この治療法に傾倒していく。

「不整脈という病気は、QOLを著しく落とします。患者さんは『また発作を起こすんじゃないか』と不安から自信がなくなり、何もやる気がなくなってしまうのです。だからこそ、治って、不安から解放され、前向きになれた患者さんの姿を見るのはうれしい。医者冥利に尽きますよ」

 この二十数年、不整脈の治療は劇的に進化した。かつては胸を開き、心臓の異常な部分を直接除去したり、冷凍したりする大手術が行われていたが、今はもうカテーテル・アブレーションによって、患部を三次元の立体画像で見ながら、カテーテル先端の心臓壁にかかる圧もモニタリングしつつ、安全かつ確実に治療することができる。数日の入院ですむ。