たとえば、私が自己啓発系の本を書いている坊主だからか、年に何回か人生相談のメールをやりとりすることがあります。しかし、2、3度メールをやりとりして、相談相手が依存心の強い人だと判断したら、頃合いを見て文末に「私とメールのやりとりをしなくても、早く一人で解決していけるようになれるといいですね」とつけ足します。

 なぜなら、この一言を加えないと、顔を見たこともないのに、いつの間にか私を家族か友だちのように勘違いして、「今日はこんなことがありました。住職さんはどう思います?」とか「ニュースでこんなことを言っていましたが、へんだと思います。住職さんもきっとそう思われるでしょう」などのメールが毎日来るようになるからです。周囲に話を聞いてくれる人がいないのかもしれません。

 そこで、私は相手に「経験したこと、思ったこと、感じたことを伝えられる人が、私以外に身近にいるといいですね」とやんわりお伝えします。すると、裏切られたように感じるのでしょう。一人で問題を解決できるようになったわけではないのに、プツリと連絡が途絶えます。相手は落ち込みながらも、ネットの中で自分をかまってくれる次の相手を求める旅に出たのかもしれません。会ったこともなければ、実際に話したこともない私のような人にさえ、自分の寂しさを埋めてくれるやさしさを求めつづける旅ですから、苦難に満ちた旅になることでしょう。

 LINEやFacebook、TwitterやInstagramなどのコミュニケーション・ツールは、こうした困った人があちこちを闊歩するには、最適の場と言えるかもしれません。そのために、SNSなどでは、「ねぇ、ねぇ、聞いて!」「ねぇ、ねぇ、見て!」と相手の反応を求めるようなメッセージが怒濤のように押し寄せて困惑することになるのでしょう。

 自分が進んでその環境の中に入るのですから、メッセージがひっきりなしに来る覚悟をしておくのも一つのルールです。しかし、それが平穏な日常を阻害するようなら距離を置いたほうがいいのかもしれません。もし、ちょっと疲れているのなら「LINEを切ります」「Facebookを閉じます」「Twitterを閉じます」「Instagramをオフります」と、一方的に宣言して離れてみませんか。先ほども述べましたが、あなたがその環境からいなくなったところで、意外と誰も気にしないものです。

人とのコミュニケーションは“正直すぎる”のも問題?

 SNSのような見ず知らずの人だけでなく、たとえ気心の知れた人同士であっても、コミュニケーションは一筋縄ではいかないものです。少し余談になりますが、私自身も過去にこんな経験がありました。