赤ちゃんは泣きながら生まれる
これから始まる人生が怖いから
(この子はなんて悲しそうに泣くんだろう。この世に生まれて、1ヵ月も経っていないのに、何がそんなに悲しいの)
深夜のベランダで、満里奈さん(仮名・38歳)は夜泣きする長男をあやしながら思った。助けを求める悲鳴にも似たその声は、母親である自分を責めているようにも聞こえる。
ふと、学生時代に読んだシェークスピアの一節を思い出した。「人は泣きながら生まれてくる。赤ん坊だから泣くのではない。これから始まる人生に恐れおののき泣いているのだ」…確かそんな感じ。
「生きるのが怖いの。大丈夫、お母さんがついているから。守ってあげるから。お願い、もう泣かないで」
小さな頭に頬ずりしながらささやくが、気持ちは次第に夜の闇に溶け込むように暗くなっていく。慣れない育児と連夜の夜泣きで頭がぼんやりし、心身ともに疲労の塊だった。産後の出血も一向に収まらない。
夫の尚樹さん(仮名・44歳)と結婚したのは、満里奈さんが35歳の時だった。すぐにでも子どもが欲しかったが、1年過ぎても妊娠の気配がなかったため、妊活を始めた。1年を少し過ぎた頃、開始予定日から1週間過ぎても生理が来ていないこと、毎日計っている基礎体温の高温期が長く続いていることを確認した。
(これは、できたかも!)
さっそく、準備していた検査薬を持ち出し、ドキドキしながら試すと「陽性」のマーク。すぐに身支度を整え、近所の産婦人科で診てもらうと、医師はニコニコしながら言った。「おめでとうございます。赤ちゃんが授かりましたよ。まだ胎児ではなく胎芽、赤ちゃんの芽の状態です」。
医師がプリントアウトしてくれたエコー画像の胎芽は、『ゲゲゲの鬼太郎』の目玉おやじみたいだった。