お金に関しては、大人になったときを想像してみると考え方がブレません。大人になって、働かずしてお給料をもらう人がいますか? もし、お金をあげるならば、その金額に見合うだけの労働が必要であると教えるのは、とてもシンプルでありながらお金の本質について学ぶいい機会です。

 玄関の掃除1回10円、家中のフローリングを雑巾がけしたら20円、風呂全体を掃除したら30円など、労働力に見合う対価を設定して、自分で稼ぐ喜びを味わいながらお金を手に入れたほうが、身につくことは圧倒的に多いでしょう。

 大人に限らず、人間は誰でもラクをしたい生き物です。1回の風呂掃除でもらえるお金は30円。ここが変わらないとすれば、どうしたら効率よく、短時間で風呂掃除を終えることができるかを考え始めます。それが、想像力や発想力といったクリエイティブな思考の源。実行して、うまくいかないところは修正して、試行錯誤しながら自分なりの“型”を生み出していくところに面白みがあるのです。

 労働の対価として得たお金を貯金箱に入れて貯めていけば、労働の重みを肌で感じることができるでしょう。電子マネーや仮想通貨など実際のお金を手にすることが減ってきている時代だからこそ、こういった原始的なやり方に価値が生まれます。

 一方、何もせずに定額をもらえるお小遣いはというと、もらう前から「次のお小遣いが入ったらアレを買おう」と、頭の中が物欲に支配されてしまうのではないでしょうか。自分で働いて得たお金だという重みがないから、好き放題に使えます。ただお小遣いをもらうだけではいらぬ物欲まで刺激され、消費することばかりに目が向いてしまい、お金を生み出す力は育ちません。

子どもの「アレ欲しい」はひとまず無視する

 僕の育った家庭にはお小遣いの制度はありませんでしたが、何も買ってもらえなかったわけではありません。僕も普通の子どもでしたから、友だちの持っているゲームやオモチャが欲しくて、親にねだったこともたくさんあります。

 そんなとき、両親の答えは明快で「1ヵ月経っても欲しい気持ちが変わらなければ、そのときに考えましょう」と言われるのが常でした。子どもの「アレ欲しい」は突風のようなもので、一瞬の感情でしかないことは、子育て中のみなさんならよくご存じだと思います。その瞬間は泣きわめいて執着を見せるものの、「アレ欲しい」の9割近くは、30分も経てば記憶から消去されてしまう程度のもの。

 翌日になってもまだ欲しい気持ちが尾を引いていても、時間の経過とともに「本当にアレは必要かな?」と冷静に考えられるようになり、大半は、親を説得してまで手に入れる必要はなく、今の生活になくても困らないものであることを知ります。