――業績不振による退任という説明はこれまでなかったですよ。

 なぜ業績不振を退任の理由にしなかったかというと、瀬戸氏が「いつでも交代する」と言っていたから。業績の責任を取締役会で糾弾することよりも、本人が退任する形にした方がすんなりいくと思った。私の判断ミスでした。

――昨年10月26日の指名委員会でも、業績悪化が交代の理由との議論はされていません。

 指名委開催の4日前の取締役会で、赤字や瀬戸氏に対策がないことは共有されていて、あえて言うまでもないことでした。

 そして指名委で、「いつでも交代する」という瀬戸氏の発言が理由ならば、退任の意思を再確認してくださいねという注文が付いたので、瀬戸氏に「辞めてもらうよ」と連絡したのです。

――瀬戸氏は、「指名委の総意で辞めてほしい」と潮田氏から電話があったと主張しています。

 そこは私がイニシアチブを取りました。取締役会で議論する前に、イニシアチブを取って瀬戸氏に連絡しました。

――その点について「手続きの透明性という観点で望ましくない」と報告書で指摘されています。

 それは、瀬戸氏の主張がそこに終始していて、報告書のその部分は、彼の主張にウエートを置いて記述しているからです。

「業績に言及しない」という条件で友人が説得

――「指名委の総意」という説明を受けたので、退任を決めたと瀬戸氏は主張しています。

 指名委で、瀬戸氏に退任の意思があり、退任に納得すれば進めましょうと決まった。そこで休暇でイタリアに行っていた瀬戸氏に電話しました。数回電話でやりとりした後、彼の友人(編集部注・本誌の取材によれば、村上世彰氏)が、私と瀬戸氏との間の条件を整理する形になりました。

「今辞めると、誰もが業績のせいにする。業績悪化による退任は瀬戸氏には耐え難い。19年3月まで社長、6月末まで取締役にとどまり、業績には言及しない。この条件ならば、説得する」

 そういう話になって、その友人が説得し、その後、瀬戸氏から「分かりました」と連絡がありました。

 加えて、私へ連絡するよりも先に、瀬戸氏は広報の責任者に対して、退任の文章では、業績について言及しないよう指示しているんですよ。広報の責任者から私に連絡があり、そのことを知ったのです。

 取締役会で退任の結論が出て、(トップ交代の)記者会見には瀬戸氏も出席してコメントをしています。そこでは違和感なく、約束通りにしたんです。