だが、現在の維新の会では、改憲で自民党に協力するだけでは、単なる自民党の補完勢力になるだけで、党勢の拡大につなげるのは難しいだろう。それどころか、自民党に吸収されてしまう懸念もある。「世界最強の包括政党(キャッチ・オール・パーティ)」である自民党が恐ろしいほどしたたかであるのは、これまでの歴史が証明している(第169回・P.3)。

 もちろん、自民党に吸収されて1つの派閥になることは、悪いことばかりではない。これには前例がある。自民党と連立関係にあった保守党が吸収されて「二階派」となった。その領袖である二階俊博幹事長は、現在の政局で強い影響力を誇っている。

 仮に、橋下氏が言うように、維新の会の次代を担うのが吉村洋文現大阪府知事だとすれば、維新の会が「自民党・吉村派」となるのもありだと思う。大阪都構想は最終的には国会で法律を通さないといけない。自民党に入ったほうが実現の可能性が高まるという考え方はある。なにより私は、吉村府知事の市長時代の実績を評価すれば、日本の次代を担う政治家は、「東の小泉進次郎」(第162回)に対して「西の吉村洋文」なのかもしれないと思い始めている。

 しかし、維新の会が自民党の単なる補完勢力になり、その後自民党の一派閥になるのは、残念だと思う。日本が直面するさまざまな問題に対して、「自民党政治」の限界が明らかになっているからだ。

「教育無償化か待機児童問題か」は
自民党政治の本質的な限界を示している

 例えば、自民党が打ち出した幼児教育・保育を無償化する「子ども・子育て支援法改正案」である。これは、野党から一斉に「無償化よりも、待機児童対策が先だ」と猛批判されている。だが、この批判は、それだけでは問題の本質を突けていない。

「無償化よりも、待機児童対策をやれ」と批判する前に、なぜ、自民党は「待機児童対策よりも無償化なのか」ということを考えないといけない。その答えは、「自民党政治」では「無償化こそ合理的選択」なのだということだ。

 自民党は、地方に対する公共事業や補助金によって支持を拡大することで、長期政権を維持してきた。しかし、待機児童は、都市部だけに集中し約2万人である。自民党が票田としてきた地方の多くでは、保育所には空きがあり、待機児童はほぼいない。端的にいえば、待機児童対策をしても、地方では支持を得られず、選挙の票にはつながらない。