とはいうものの、旬がいつなのか詳しく知っている人は少ないと思います。だから、私は例えば魚であれば、よく行く魚屋や寿司屋の職人に、素直に尋ねるようにしています。

 最近もこんなことがありました。魚屋の店先で冷凍ものではない「スルメイカ」を発見したのです。私は自分でイカの塩辛を作るのが好きなので、喜んで「3杯包んでよ、塩辛を作るからさ」と言いました。

 するとその店の主人が、こう言うのです。

「ちょっと待って。それはダメだ。今は旬が外れているから肝が小さい。3杯の肝合わせて1杯分くらいにしかならない。あとはバター焼きにでもして食べてくれるならいいけど…」

 それを聞いて、スルメイカをあきらめ、別の魚を買いました。

 旬を意識することによって、期せずして生活の知恵を学んでいます。素直になること、学び続けることが何より大切だと思っていますし、その結果、人生が潤います。

クリスマスも中秋の名月も、
知識の連鎖の始まりになる

 学び続けることに限りはありません。ここまでにお話をしてきた節季や節句、あるいは旬も、万物について学び続ける、学び直すためのきっかけです。知らないうんちく、役立つ知識は本当にたくさんあるものです。

 例えばクリスマスもそうです。私はクリスマスが好きですが、それはまた、知識を補充し、物事を考えるきっかけともなってくれます。

 私は、11月末くらいからすっかりクリスマスモードに入ります。それに合わせて門前の小僧、習わぬ聖書を読んでみたり、キリストの生きた時代という意味で、ローマ帝国について書かれた本を読み返してみたりして、その時代に思いを馳せます。そこから派生して、例えばマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』などをまた読んでみたりもするのです。