個人・組織が持つ「妄想」をビジョンに落とし込み、その「具現化」を支援する戦略デザイナーの佐宗邦威氏による「VISION DRIVEN対談」シリーズ。第7弾のパートナーは、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校教授で「動的ネットワーク理論」「集団行動学」「計算社会科学」など複雑系科学の研究をしている佐山弘樹氏だ。

「『単純化しないと理解できない』なんて誰が決めたの? 複雑なものを複雑なまま吸収し、自分の理解をつくっていく、そんなことは赤ちゃんだってやっているのに」――ベストセラーとなった佐宗氏の『直感と論理をつなぐ思考法』の発端には、佐山氏が発したこの問いかけがあったのだという。

世の中が複雑さを増していく時代、複雑系科学の研究者は「人間の役目」がどのように変化していくと考えているのか? 全3回にわたってお送りする(第1回/構成:高関進)

独創? 共創? 優れたアイデアはどんな「場所」から生まれる?――ニューヨーク州立大・佐山教授に聞く

アイデアが生まれる場所を探る

佐宗邦威(以下、佐宗) 佐山さん、本日はありがとうございます。『直感と論理をつなぐ思考法』を執筆しているとき、「AI時代に必要な人間の能力は何か?」という視点で佐山さんにはアドバイスをいただきました。とくに「思考の起点を『妄想→知覚』に置くことは人間にしかできない」という言葉を科学者の佐山さんからいただけたときは、とても勇気をいただきました。佐山さんはいま、ニューヨーク州立大学ビンガムトン校の複雑系集団動態学研究センターで所長をされているとのことですが、まずはご専門について教えていただけますか?

佐山弘樹(以下、佐山) 複雑系の研究センターは、大学によっていろいろ傾向が違います。他大学の複雑系研究はだいたい物理学と数学、コンピュータサイエンスですが、ビンガムトン校は逆にその3つがなく、経営学の組織科学などに対して複雑系のアプローチをしています。

独創? 共創? 優れたアイデアはどんな「場所」から生まれる?――ニューヨーク州立大・佐山教授に聞く佐山 弘樹(さやま・ひろき) ニューヨーク州立大学ビンガムトン校(ビンガムトン大学)システム科学・産業工学科教授、複雑系集団動態学研究センター長)
1999年東京大学情報科学専攻にて博士(理学)取得後、ニューイングランド複雑系研究所にて3年間学際的研究に従事。2002年から2005年まで電気通信大学人間コミュニケーション学科に在籍。2006年にビンガムトン大学に移籍。研究分野は動的ネットワーク理論、集団行動学、計算社会科学、人工生命・人工化学、進化計算、ほか複雑系科学全般。国際複雑系学会(Complex Systems Society)理事・運営委員。Complexity(Wiley/Hindawi)チーフエディター、ほか各種複雑系関連学会誌編集委員。2014年から2017年までノースイースタン大学複雑ネットワーク研究センター客員教授、2017年より早稲田大学商学学術院教授を兼任。

佐宗 具体的な研究テーマは何でしょう?

佐山 最近の関心は「イノベーション」です。といっても、企業などのイノベーションではなく、もう少し基本的なレベルのものですが。たとえば「10人のチームでディスカッションやプロジェクトワークをやるとき、新しいアイデアはどこからどう生まれるのか?」といったことを研究しています。
イノベーションや創造性、クリエイティビティの研究では通常、個人に目を向けます。個人のパーソナリティタイプや、学歴、学業の成績などを調べて、その人がクリエイティブかどうかを判断するわけです。しかし天才的なプロフェッショナルが10人集まったとしても、組み方によってクリエイティブになったりならなかったりします。
そこで私は、個人同士のアイデアの「組み合わせ」によるイノベーションやクリエイティビティついて、いろいろと実験を行っているのです。

佐宗 まさに僕の興味ともドンピシャの研究テーマですね! 複雑系の学問では、関係性をトラッキングしていって実証を試みていくそうですが、人と人との関係って、数値化しにくくありませんか? 人間同士の関係性って、どうすれば「見える」ようになるのでしょうか?

佐山 すべて計算機上、コンピュータ上でやっています。たとえば、個々人のアイデンティティは見えないようにして、ネット上でディスカッションをしてもらいます。
そこで私が調査しているのが、複数人でアイデアを出す場合、「似ている人」同士を近づけるのがいいのか、あるいは「全然違うタイプの人」同士をくっつけたほうがいいのかということです。名前は伏せて各人のバックグラウンドについて自由記述で書いてもらったものを、機械学習を使って配置していくんです。
そのうえで、閉じられたソーシャル・メディアのような自家製のプラットフォームを使って、自分に近い関係性にある人のアイデアは見られるような環境をつくり、そのなかでディスカッションをやってもらうんです。「隣の人」のアイデアは見えるけど、「2軒先の人」のアイデアは見えない。でも、自分の友だちがそのアイデアについて話していれば、2つ隣のアイデアも伝わるわけですから、間接的に伝わることはあるわけです。

妄想を「見える化」するツールをつくる

佐宗 言ってみれば、完全にコントロールされたツイッターのような環境ですね。「グループのつくり方で、アイデアや発想といったアウトプットがかなり変わる」というのは、現場感覚としてもしっくりくるテーマですが、リアルな世界で起こっていることをコンピューターシミュレーションで解くという試みはとても興味深いです。その場合、どのようにして評価するのですか?