発売1ヵ月で8万部を突破する売れ行きを見せている『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』――同書が誕生した背景には、元サッカー日本代表監督・岡田武史氏から聞かされた「夢を語れば無形資産が集まり、それが有形資産を動かす」という言葉があったという。出版記念イベントでの岡田氏と佐宗氏のトークライブを3回にわたってここに再現する(第2回/全3回 →第1回はこちら。構成:高橋晴美)。

心の拠り所になる里山スタジアムを創る。

岡田武史(おかだ・たけし)
FC今治オーナー/デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 特任上級顧問
1956年生まれ。大阪府立天王寺高等学校、早稲田大学でサッカー部に所属。同大学卒業後、古河電気工業に入社しサッカー日本代表に選出。引退後は、クラブサッカーチームコーチを務め、1997年に日本代表監督となり史上初のワールドカップ本選出場を実現。その後、Jリーグでのチーム監督を経て、2007年から再び日本代表監督を務め、10年のワールドカップ南アフリカ大会でチームをベスト16に導く。中国サッカー・スーパーリーグ、杭州緑城の監督を経て、14年11月四国リーグFC今治のオーナーに就任。日本サッカー界の「育成改革」、そして「地方創生」に情熱を注いでいる。

佐宗邦威(以下、佐宗):岡田さんは今治で1万人収容の新しいスタジアムの建設を計画されています。楽しめて、人と人のつながりができるフットボールパーク、という構想ですよね。

岡田武史(以下、岡田):今後、AIが発達し、椅子に座れば凝っているところを自動でマッサージし、顔認証で喉が渇いているのを察知して飲み物を運んでくれる。自分の判断ではなく、AIの判断が優先されるときがくる。医師の診断ではなく、世界中のデータを元に適切な診断をしてくれるAIを選ぶようになるかもしれない。スマートスピーカーに問いかければ、自分より自分のことを知ってくれているAIが判断してくれる。自分の判断がコントロールされる時代がやってくるかもしれない。

でも僕は、そのとき、必ず、人間は人間らしさを取り戻そうとすると思う。その基地が、今治のスタジアム一体型の複合施設だ、それを一緒にやりませんか、と企業に訴えかけているんです。

おそらく数年後にはスタジアムが完成して、試合がない日も含め、365日、人が行き交うことになるでしょう。普通、スタジアムはコンクリートでできていて、できた瞬間から朽ちていくが、僕たちのスタジアムは朽ちるものではなく、里山にする。そしてスタジアムに来た人が周辺を豊かにしていく。心も豊かになり、みんなの心の拠り所になる里山スタジアムを創る。

東京のITや金融で疲れた人が、そこに来れば人間性を取り戻し元気になっていく。サテライトオフィスができて、働く人も集まってくる。少子高齢化の日本において地方都市の新しいモデルができるのではないか、と頭に描いているんです。

佐宗:都心にはもう「余白」がない。新しいモデルを描くキャンバスはどこにあるかというと、都心周縁や地方ではないかと思います。

岡田さんのお話には共感できる点が多くて、僕もここ数年、さまざまな分野のプロジェクトで未来ビジョンをデザインするなかで、これからの日本で「大事になるもの」と「もういらないもの」があると思っています。
明らかに大事になると思うのは、自然体験、料理、健康、運動、農業、クリエイティブ、エンターテイメント、アートといった分野ですね。今後AIをベースにしたプラットフォームが広がるなかで、より人間的な活動としてこれまで以上に大事になると思います。
感度の高いクリエイティブな層の興味は向きはじめていますが、まだまだ動きは静かであり、いつかはそれを証明したいと思いながら仕事をしています。

岡田:これは、現代のルネサンスだと思っています。それを、今治というキャンバスからレジスタンスをするようなものですね(笑)。

佐宗:人間性再興運動はまさに、ルネサンスですね。

本気で夢を語り、リスクをとり、具体化する

佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー。大学院大学至善館准教授/京都造形芸術大学創造学習センター客員教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニー・クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を起業。バラエティ豊かな企業・組織のイノベーション支援を行っている。著書に『直感と論理をつなぐ思考法――VISION DRIVEN』など。

佐宗:岡田さんとしては、そのルネサンスを実現させるために何が必要だと思いますか?

岡田:現実的にはお金も必要です。夢を語ることは重要だが、事業計画をしっかり立てなければいけない。
佐宗さんの話を聞いて、あるいは本を読んではっきり分かったのですが、まずは夢を語る。そして方向性をまとめ、事業計画を立てていく。温浴施設を入れよう、温浴施設にはあの企業が興味を示している、こちらにはIT系の会社を入れようなど、具体的に考え、実現させる。
たとえばVIPルームの使用権を販売する。サッカーの試合がない日も365日利用でき、料理のデリバリーもするなど、ソフトも整えて会議や宴会、接待にも使えるようにすれば、一定の売上が見込める。それが見えてくれば、銀行も融資したくなる。

一番重要なのは本気で夢を語ることですが、夢を語るだけではだめです。リスクを冒してチャレンジしないと、人は信じてついてはこない。夢を語り、具体的に考え、チャレンジすることが大事です。

4つの世界を行き来する

藤田(編集者。当日はトークライブ司会を担当):ありがとうございます。岡田さんはビジョンの人であり、その言葉にはイメージ喚起力があり、スタジアムの絵が浮かんできます。他方では、具体的な採算や金額、事業計画などのお話がポンポンと出てくる。まさに「直感と論理をつなぐ」というか、妄想と現実を往復するパワーをお持ちの方だなという印象を持ちました。

直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』では、このような「往復」を表現するものとして、「現実世界」と「ビジョンのアトリエ」という2層から成るパラレルワールドのイラストです。岡田さんにゲラをお読みいただいたときにも、「とにかく、あの絵が素晴らしいんだよ!」という感想をおっしゃっていましたよね。

岡田:そうそう。あの絵を見た瞬間に、「ああ、これだ!」と思ったんですよ。

書籍の冒頭に登場する1枚絵。これを見た瞬間、岡田氏は「これだ!」という衝撃を受けたという。
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佐宗:岡田さんは、あの絵の世界だと、いまどこにいると思いますか?

岡田:自分自身としては「人生芸術の山脈」に登っているという感覚はないなあ。正直、どこかにとどまっているというよりは、つねに4つの世界をグルグルと歩き回っているという感覚です。社員に「目標に達していないじゃないか」と言っているときは、「カイゼンの農地」にいることになるだろうし、スタジアムにたくさんのお客さんに来てもらうための戦略を考えているときには、「戦略の荒野」の住人になっている。

佐宗:経営者はいろいろな「顔」が必要になりますからね。

岡田:そういう意味でいうと、このなかでは「デザインの平原」には行ったことがないような気がするな。デザインというのは、イメージがあまりつかめなくて。

佐宗:僕が考えているデザインとは、いろいろなものをつなぎ直して、新しい解をつくっていくというプロセスですね。ロジックや言葉を使う「言語脳」は基本的に分類していくものですが、最終的にそれらをつなぎ直すためには「イメージ脳」が必要です。そういう統合フェーズでは、デザイナーがやっているような思考の使い方が有効なんですよね。

岡田:なるほど! そういうことか。それなら僕もやっているのかもしれません。僕は1人で突っ走るほうなんだけど、ともかく、興味があったら自分から話を聞きに行くし、本を読む。そして「おいしいとこ取り」をしてまとめるのが得意なんですよ。これはある種のデザインと言えるかもしれないなと思いますね。

佐宗:そういうことは、いつ頃からやられているのですか?

岡田:もう本当に昔からそうだね。日本代表監督をしていたときも、Jリーグで面白いプレーを見たりしたら、すぐに監督に電話して、「どういう発想であんなプレーが出てきたの?」と聞く。年下の監督だろうが関係ないよ。僕はよくも悪くもプライドがないのね。とにかく人に会って、いいところを取り入れたい、知りたい、という欲望が強いです。

佐宗:僕が知っている岡田さんは本当にそのとおりの人です。昨年1月に発売されて話題になった『ティール組織』という本がありましたが、3月にはもう読んでいらっしゃいました。経営者として相当お忙しいはずなのに、あれだけ分厚い本をすごいスピード感で読んでいる。その貪欲さは僕も見習いたいです。

登録メンバー選出も妄想からはじめる

佐宗:「まずビジョンを語る」という岡田さんのスタイルは昔からですか?

岡田:そうだね。ビジョンというか、妄想はすごくするね。たとえば、日本代表のメンバーを選ぶときにも、上から23人、いい選手を連れていけばいいわけではない。中心選手が途中でケガをして、そのとき1点差で負けていたら誰を出すのがベストかとか、いろいろな状況を妄想する。

ワールドカップ南アフリカ大会で、僕は矢野貴章(現Jリーグ・アルビレックス新潟所属)という選手を選出し、マスコミはサプライズ招集だと騒いだ。これも、僕の妄想が関係している。
本大会で、自分たちより強いチームに1対0でリードしている。残り10分守り切りたいが、ディフェンスの選手を入れるとディフェンスラインが下がって攻撃にさらされる。だから前線で相手を追い回したい。セットプレーでやられるのも怖いので高さも必要。前で追い回せて高さもある選手は誰だ、矢野貴章だ、となる。実際、本番では妄想したとおりの場面がきて、矢野が仕事をしてくれた。

佐宗:なるほど。

岡田:余談だけれど、僕の当時の妄想では、日本はワールドカップで決勝にいってますよ。決勝でドイツに0対1で負けているんだけど、残り5分で右からのクロスを岡崎がダイビングヘッドで決めて同点になるんだ。延長戦に入って、ドイツ代表がゴール前でファールをアピールする。ファールなんかしていないのにレフリーがPKを宣告する。レフリーはオーストリア人でドイツ語を喋る。僕はドイツに留学経験があってドイツ語が喋れるので、文句を言いに行った。そこでレフリーから差別用語を浴びて頭に来て、ピッチの中に入ろうとするのをコーチが必死で止める。で、判定は覆らず、結局PKで負けるんだけどね。

佐宗:なんとも鮮明なストーリーですね。あたかも事実であるかのような…。これは……岡田さんのなかでの「妄想」なんですよね…?

岡田:うん、妄想。そういう妄想が得意なんだよ。

地下世界でも妄想を繰り返す

佐宗:このパラレルワールドのイラストでいう「地下世界」に潜っていた時期はありましたか?

岡田:ワールドカップ・フランス大会前の最終予選、ジョホールバルの試合を控えているときがどん底でしたね。

直前まで、僕は日本代表のコーチで、自分が監督になるなんて夢にも思っていない。41歳でコーチの経験しかないのに、突然、窮地に立たされたチームの代表監督になってしまった。自宅には脅迫電話が鳴りやまず、家の前はパトカーが警備するという、すごい状況で戦っていたんです。

それでも僕は妄想が止まらない。そんな状況でいい妄想なんてできるわけないのに、「バーンといって、ドーンと盛り上がって…」という、勝ちゲームの妄想が出てくる。いやいや、ないない、って打ち消すんだけどね(笑)。

佐宗:当時の僕は高校生で、TVにかじりついて代表選を観戦していましたが、あの時期は確かにサポーターながらに不安に思ったことを記憶しています。しかし、裏ではそんなことが起きていたんですね。

岡田:現実を見なくちゃいけない、ってね。だから試合の前日にはカミさんに電話をして、「俺は明日勝てなければ、日本には帰れない」って話したりもしましたよ。

でもそこまで腹をくくると、逆に開き直れるんですよ。「明日、俺たちは持っている力を100%出し切る。死ぬ気で挑む。でもそれ以上のことはできない。それで勝てなかったら仕方ない、国民のみなさんに謝ろう」――そう思えた。それが、地下世界から地上世界に上がってきたタイミングかもしれない。

佐宗:底に落ちきって開き直ったときに一気に道がひらけてくるというのは、程度こそ違えど本質的なことなのかなと思いました。

岡田:実際、あのときから自分の人生が変わりはじめたんですよ。分子生物学者である村上和雄先生の著書には、「我々は氷河期を乗り越えた強い遺伝子を持っているけれど、便利、快適な世の中に生きて遺伝子にスイッチが入っていない」というようなことが書かれている。それは感覚的にすごく分かる。でも、僕はあの瞬間、「遺伝子のスイッチ」が入ったんだと思います。

より便利に、より快適に、より安全に、と進化してきた世界で、子どもたちはいつ、遺伝子にスイッチを入れるのか。何もしなくても生きていける。公園でケガ人が出たらすべての遊具が撤去される、そんなに守られていていつ強くなるのか。

僕はそう思い、社団法人を立ち上げて、野外体験教育をはじめました。リスクを冒して遺伝子にスイッチを入れるチャンスを与える。授業はとても人気があり、9泊10日無人島の旅などは満員だし、最近は企業研修も好評です。

地下世界で遺伝子にスイッチを入れる

佐宗:これは個人的な実感なのですが、30代になって「世に出てきている人」って、20代後半くらいに1度、大きな挫折を経験しているケースが多い。自分も含め、鬱を経験したりしている人も少なからずいる。だからこそ、その後に目が輝いてくる瞬間がやってくるんじゃないかと思っています。岡田さんに倣っていえば、「スイッチが入る瞬間」ですね。

だからこそ、僕は、そうやって目が輝いてくる瞬間、スイッチが入る瞬間をつくりたいと思っています。そのためには、自分と向き合い、思い切った行動をし、それが周囲に受け入れられるという体験をデザインすることが大事だなと。そこで鍵になるのは、論理や戦略ではなく、身体性や直感なんじゃないかと。

岡田:僕は経営者なので、社員がどうなればハッピーなのか、と考えることが多い。たとえば「終業時間が短くて給料が高く、子どもを連れて出勤できる会社」が理想だと考える人もいるでしょう。もちろん、そういう会社があるなら素晴らしい。でも、本当にそれだけが幸せなのかとも思う。何かを乗り越えたときに得られるものこそ、幸せなのではないか、とね。

僕は学生結婚して、お金がなくて、カミさんと六畳一間で新婚生活をはじめた。当時の2人の合言葉は、「幸せはお金で買える」だった(笑)。50円のコーヒーすら躊躇して買えない時代でした。日本代表に選ばれたときだって、サラ金でお金を借りて遠征に出かける――そんな生活をしていました。この苦難を乗り越えられたことに、僕は価値を感じているんですよ。

身体と心はつながっていると、僕は思う。心の苦労を乗り越えるのと、身体の苦労を乗り越えるのは同じ。経営者として、腹をくくり、困難を乗り越える、乗り越えさせることも重要で、快適な環境を与えるだけでは人間はだめになるのではないか、そう思いますね。

(第3回に続く)